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朝、臨也は目の前で気持ち良さそうに眠る旧友を起こそうと、何度も声をかけていた。

「起きてよ、香織」

なかなか目の覚めてくれない旧友に、ふうと息をつく。
臨也は昨晩の香織とのやりとりを思い出していた。



日付が変わる頃に部屋へ着いて何か簡単なものでも作ろうと思っていた臨也だが、香織が食欲がないというのですることもなく、香織も明日朝仕事場へ顔を出すというので、もう眠ろうかということになっていた。

「さて香織……ここで問題だ」
「なに?」
「この部屋にはさ、寝心地の良いと言えるベッドが一つしかない」

臨也の芝居がかった言い方に香織は顔をしかめた。

「意味が分からないわ。はっきり言ったらどうなの?」
「……分かったよ、はっきり言おう。俺の部屋で一緒に……」
「わたしソファで寝るわね。どこでもすぐに寝られるの。臨也はいつも通り自分のベットで寝ればいいよ」
「冗談だよ」


ーーーそういうところ、わりと図太いから全く平気よ。
そう言って譲らないので、臨也は仕方なく自室に引き下がった。さすがにソファで眠らせるわけにはいかにので、香織には広いリビングの一角に来客用の折り畳み式ベッドを出した。(仕事仲間曰く、これが、起きた時とても背中が痛くなるらしい)
その十分後にリビングに降りると、香織は頭まですっぽりと毛布にくるまって、動いていなかった。



図太いのは本当だったな、と臨也は呆れながら上着に袖を通して、時計を確認した。
ゆっくりと昔話に花を咲かせるのも良いけれど、今朝はもう家をでなくてはならないのだ。
世間が動き出す時間に、臨也と香織の呼吸音だけが響いていた。
興味本意でベッドへ近付いてしゃがんでみる。毛布から少しだけ覗いている顔は、普段より6才は幼く見えた。

ーーーふぅん、こんな顔をするんだ


五年ぶりに再会したとはいえ、異性の部屋だということを香織は解っているのだろうか?
寝顔は幼く、身体は恐ろしいほどに無防備で。まるで赤ん坊じゃないか。

ーーー昔はこんなに隙がある人じゃなかったけどねえ

臨也は過去の香織の性格を思い出して、あの頃は随分振り回された、と一人苦笑した。


「ねえ、香織。君には本当に手を焼かされた」


まぶたにかかった前髪を指で退けてやると、香織は眉を寄せてうなる。
そのしぐさに来良の制服を着た香織が、フラッシュバックした。

「香織、起きて」

これで最後にしよう。
起きなければ置き手紙でも書いていこうかと思ったその時ーー


「いざや……?」


眠っていた香織の上半身がむくっと持ち上がる。


「ん、起きた……」
「待ちくたびれたよ」

 臨也は立ち上がって笑った。

「今日はどうするの?」


既に整った服装を見たのか、寝ぼけた頭で香織は問う。
臨也は顎に手を添えて考えるふりをしながら、あらかじめ用意していた台詞を感情込めて演じた。


「うんそうだねえ、本当は時差ボケの君のためにゆっくりさせてあげたいんだけど、出掛ける用事があってね。悪いんだけど家を空けなきゃならない」
「そう……分かった、じゃすぐ支度する」
「悪いね」
「ちょっとだけ待ってて、洗面台どこ? この階段のぼっていいの?」


そうだよ、慌てなくていいよ、と香織の背中に声をかけてから、携帯電話を取り出した。

ーーー連絡なし……か

都内某所で街で待ち合わせしている相手がいた。
数週間前にとある以来を受け、昨夜やっと報告をまとめたのだ。

まあ、実に愉快でくだらのない内容ーーー第三者から見れば半ば拉致・監禁の状態で麻袋を被せられた状態で水や灯油をかけられたりといったことは物騒なことこの上ないーーーだったけれど、と臨也本人は思い返しているが。


「臨也ー? このタオル、使っていいのー?」
「あー、いま行く」

香織の間延びした声に返事をして、階段を上った。


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