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「香織」
新宿の、とある裏路地。
突然声をかけられ、名前を呼ばれた女は警戒するが、相手の顔を確認すると苦笑いをしながらゆっくりそちらに歩みより軽くハグをした。
ーーー人の少ないところを歩いてて
そうメールで指定されたので、本当に適当な道を歩いていたのに。
ーーーーGPSでも付けられてるんじゃない?
冗談でも疑ってしまいたくなるほど、この男はいつもいつも正確に香織のことを解っている。
「久しぶりね」
「うん、五年ぶりくらいかな」
そんな再会の挨拶を交わしながら、男はフラフラと奇妙な動きをしながら近くのコンクリートに腰を掛ける。ーーー香織はこのとき彼が数週間前までナイフに刺され入院していた事も、とあるバーである集団を陥れていたこともまるで知らない。
「変わらないね」
ーーー会って早々言う言葉じゃないな…
そう思いながらもつい言葉にすると男は上目遣いに香織を見上げて、両手を広げて笑った。
「そうかな?五年じゃそう変わらないよ。まあ俺はこの五年間、香織がどこで何をしてたのかずっと調べてたから、あまり久しぶりだとは感じないけどね」
男の発言に香織は驚きで目を丸くする。
その表情を見て、男は高らかに笑った。笑いの余韻を含んだ声で、でも、と続ける。
「でも顔を見たり、声を聞くのは本当に久しぶりだよ……おかえり、香織」
美しい笑顔で男が言う。指輪の付いた指先を香織に差し出す。
伸ばされたその手を掴んで、一度目を伏せる。ようやく、香織も安心したような優しい微笑みを見せた。
「ただいま。臨也」
そうして男女は再び寄り添い、二度目のハグを交わした。
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