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「臨也の部屋へ泊めてもらったときに、あんなに大きな部屋に住んでるなんてすごいと思ったけど、彼はなんの仕事をしているの?」

香織の純真無垢な目と声色に新羅は黙り込んでしまう。
彼の沈黙を怪しんだ香織はさらに追い討ちをかけていく。

「海外へ行っている間、わたしのことを調べていたようなことを言ったり、昔住んでたアパートの部屋の鍵を持っていたり、不可解なことが多いの。
 まあ、昔から不思議な人だったし、見た目はあんな能面みたいな人だけど、地頭は良かったでしょ? 弁護士とかやってるのかな。
 ・・・新羅、なぜずっと黙っているの」

ーーーセルティ、頼むから今すぐ帰ってきてほしい。

新羅は脇下がじんわり汗ばむような感覚に陥りながら、どう切り抜けようか包帯を巻いた頭でひたすら考えていた。

「ちなみに、臨也くんは君に、何て伝えてるんだい?」
「それが、聞こうとしたら電車が来ちゃって・・・あ、そう、駅で話そうとしてそれから一週間くらい連絡がつかなくて」
「そうかい」

新羅はこの話をやめたいと思った。

ーーーアイツ(折原)が直接この子に話しているなら別だけど。もしかして、今の臨也とこの子を引き合わせたのは間違いだったかもしれない。悪用されかねないし・・・。


「臨也くんはいいとして、静雄くんには? もう二度と会うつもりはないの?」

静雄という名前に対し香織はあからさまに動揺を見せた。

「今彼、なかなか大変なことになってるみたいだけど、香織が池袋に戻ったって聞いたら力になってくれると思うんだ」
「静雄くん・・・元気なの?」
「ん、まあ、あんまりよく知らないんだけど。」

新羅自身、聖辺ルリのストーカーに襲われたことや、セルティがつけたであろう後始末など、詳しい全貌が見えていない。
ベッドに寝たきりの自分は、物語の主旋律にはなり得ないのだった。

だからこそ目の前で不安げに揺れている香織だけでも、出来れば少しでも自分の近くに置いてあげたい。『香織を守ってくれ』それがセルティの願いだからだ。


「香織、僕の話……落ち着いて聞いてくれるかい」



◆◆



折原臨也が香織の存在を知ったのは高校一年の春だった。クラスよりも図書館へよく赴いていた時、見かけたのだ。図書カウンターに寄りかかり、大きな声で笑う香織を。
臨也は昔からうるさいやつだったなーーと、言い切ることが出来る。
しばらく観察していたら、こちらへ向かってくるので、慌てて近くの本棚へ身を潜めた。咄嗟な判断だった。どうしてそうしたのかは分からない。
香織少女は臨也が隠れるすぐ近くの、少し背の高い本棚の前で足を止めた。上のほうをじっと見て(彼女は平均身長ほどだけれど)手が届かないのか、上履きのつま先を立てている。
気付いたら声をかけていた。

「僕が取ろう」

振り向いた香織は、それはそれは、真っ黒な目をきらきらとさせていた。
それ、と指で示した本を取って、手渡す。
彼女が胸に抱えていたのはたしか、アッシェンプッテルの『灰かぶり姫』だったか。

「ドイツの児童文学だね」
「読んだことある? さっき、先生におすすめされたの」
「日本で言う、シンデレラってやつだね。グリム兄弟の書いた題とは違うんだ」
「へえ……そうなの」

香織は臨也の説明ひとつひとつに相槌を打ち、難しいと思われる内容にははっきり分からないと言って、困ったように笑った。


ーー奔放な子だな……。

ーーとても博識なのね。


気付けばふたりは、図書館で会って、話すことが楽しみになっていた。

新羅が臨也と静雄を引き合わせ、臨也が図書館を訪れることが減っても、香織は臨也と話すことを糧に、心待ちにし、図書館へ通っていた。

もちろん臨也の校内での噂も聞いていたが、香織自身の性格もあり、気に留めることもなかった。だからこそ互いの関係は続いていた、ようにふたりには見えていた。

高校二年になり、香織と静雄の間に変化が起こるまでは。


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