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最近、よく夢を見る。いつも思い出さないようにと檻の中に閉じ込めていること。

電子音を発信源を止め、時刻を確認する。そして、時計のおしりの欠けた部分を指でなぞり、思う。
ーー生徒のころから使い続けているし、そろそろ新調するべきかもしれない。


日本に帰国して一週間が過ぎた。
臨也に会ったあとには、本社へ出勤して労いの言葉を受け、二週間の休暇をもらうこととなる。
最低限の身だしなみをとデパートに行ったり、アパートの新しい住人の方々へのあいさつで休暇の半分は過ぎる。
今日は友人に会う日だ。布団はまだ眠ろうと香織のからだを誘う。温もりを断ち切るように、思い切り勢いをつけて起き上がった。


アパートから十分くらい歩いたところにあるカフェで、待ち合わせをする。
香織と目の前に座る友人ーーまりなとは高二のクラスが同じだった。三年ではクラスが離れて一度疎遠になったけれど、香織の就職と海外赴任が決まったときには悲しいと泣いて電話をした。それ以来、定期的に連絡を取り合っている。

「じゃあ、もう会ったんだ。折原くんには。わたしよりも先に?」
「拗ねてるの」 唇を尖らせるまりなのくせを発見して、香織は笑った。
「まりなに悪気があった訳じゃあないのよ」
「分かってる。それでも拗ねてるよ、もちろん。だって親友のわたしが、折原くんに負けるなんて」
「別に彼と張り合う理由もないでしょう」
「……うんまあ、今はもうないけどね」

まりなの言葉に、香織は目を伏せた。
それから誤魔化すように声を張る。

「まりな、前に付き合ってるっていってた彼氏とはどうなの?順調?」
「あぁーまぁ……ぼちぼちかな」
「ぼちぼち、かぁ」
「この年になると結婚≠ニか嫌でも意識するって言うかさ……来神の同期でも結婚してる人とかいるし。」
「え、そうなの? たとえば?」
「リカちんとかぁ、野球部の田代とサオリとか!あと、ハゲ担任も」


香織はへえ、と落ち着いたようすで反応するも、内心マジか!≠ニ衝撃が隠せずにいる。

ーー同い年なのになぁ。色んな人生を送ってるんだ、みんな……ていうか二年の時の草ヶ部先生、ハゲちゃったんだ。


「あとほら! 二年のとき同じクラスだった平和島静雄!あいつも彼女と同棲してるらしいって目撃があるんだよねー」
「平和島くんかぁ。……懐かしいね」

香織が言うと、まりなは一瞬、表情をかたくした。
気を取り治すように続ける。


「香織もこっち戻ってきたんだからさ、掴まえなきゃ。いい男。向こうじゃダメダメだったんでしょ?」
「なっ、なに決め付けてるのよ。そんなことないんだから」
「あまりに恋愛に消極的な香織には外国の男も手を焼くと思うわ」
「そんなことないもん。けっこう、モテたりしたのよ」
「結婚しようとか、言われたの?」
「……まあ、もう意味のないことなんだけどさ」

香織は、ひとり、赴任中に出会った男性のことを思い出して、すぐにふりきった。
ーーいま言ったように、日本へ戻ってきた自分にはもう、意味のないことなのだから。

まりなは香織の表情を見て、やさしく微笑み、頬杖をつく。

「けっきょく、香織には折原くんがお似合いなのよ」
「まりな」

香織はたしなめるつもりで名前を呼ぶ。まりなは聞く耳を持たなかった。つぶしたストローを軽く振る。

「あんなにぶつかってたけど、思いあった人、あとにも先にも現れないよ。きっと」
「わたしって、あの人とそんな感じだったっけ」
「忘れちゃったの? まぁー……香織にとっては消したい過去かぁ」
「……どうだろう」
「アパート、戻ったんでしょ?……卒アルとか見たら、思い出すかもしれないよ。ついでに、わたしたちの担任の写メ送ってよ、実家にあって見れないの。」

まりなは笑って、ほんとになつかしい、とちいさくつぶやく。



帰宅後香織はクローゼットの中から段ボールを取り出した。中には高校時代の教科書やプリント、授業中にまわした手紙だとかの思い出深いものが入れてある。もちろん、アルバムも。
手に取るのは日本を発つ前以来だ。最後の夜、おなじようにこの段ボールからアルバムを取り出した。


忘れちゃったの? カフェでのまりなの言葉を思い出す。

忘れるわけないよ。
そう言えなかったのは、軽蔑されたらどうしようという、恐怖や恥じらいだった。

三年のクラスページをめくっていく。
折原臨也は殆どの写真に載っていない。個人写真以外の姿を探すことは困難に近かった。
その中から唯一といえるーー卒業前に彼のファンクラブから奇跡のショットと感謝されたーー写真を見つめる。学園祭の、カラフルな看板を背景にフランクフルトを頬張る臨也。普段カメラを向けると不機嫌になるものだから本当に貴重なものだった。
最後まで提供するのを渋ったけれど、本人が先生を困らせたら悪いからと優等生ぶって、仕方なくと……そんな思い出がある。

修学旅行のページでは香織とまりなが肩を組んで笑っている。他クラスなのにわざわざ撮って、必ず卒アルに載せてねと頼んだ一枚だ。

先程話に出た、金髪の同級生も一緒に並んでいる。


香織はなつかさに、部屋ごと押しつぶされそうだった。

ビンのなかにつめた思い出が膨張して、ふたを開けるどころか、きしきしとガラスを軋ませるようだった。

人差し指は自然に、なんども、インクの上をなぞった。
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