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ひとは、私たちは似合っていないと笑う。
たとえばなんともなしに並んで廊下を歩いているだけでも、クラスの女子曰くちぐはぐな∴象を与えるらしい。
そのことを一番仲のいい友達のサオリには、ぞんぶんに言葉を選んだのだけど、と前置きとされて「光と影」という言葉をもらった。不思議な言葉。そう思った。
どっちが光で、どっちが影だと言うのだろう。
学校に植わる桜の木はついこのあいだまで桃色で染まっていたのに、存分に散らしきったのか、いつの間にか青々した葉をつけていた。
『正門で待ってて』
お昼休み過ぎ、簡潔なE-メールを貰った私は、すなおに折原を待つ。
サオリと私は校門の前で行儀悪くあぐらをかいて──春と夏のあいだの生暖かく柔らかい──風をうけて、空を見上げている。 真っ青な、よく晴れた空。
「愛称は折原くんのどんなところが好きなの? 顔?」
「顔って……。小さい頃から一緒だと関係ないよ、顔も服装も」
サオリの直球な言葉には慣れている。はじめは傷付くこともあったけれど、折原に比べれば……そうしたら気にならなくなった。むしろまっすぐな言葉を選べるサオリを私は時々、羨ましくなる。
「たしかに、折原くんって服のセンスが劇的にナイよね」
「……何でだろう、とは自分でもたまに思うのよ」
うちの学校の木たちは、丈夫で健康な木だと思う。狭い校庭で、誰が管理しているというわけでもないのに、大きく太く健康でいられるのはどうしてだろう。
「ふーん。なんか、意外だね」
「なにが?」
「愛称って、恋愛に対してあっさりしてそうなのに。意外と乙女」
「乙女って」
「あたしはね、坊主≠セから」
「あ、見た目なんだ?」
「そうだよ。そのおかげで、性格あんまり合わないの。でもそれでもいいかなって。」
サオリの顔を見た。視線を落としたサオリの剥き出しの太ももに、木陰が揺れた。
「はあ。男子と付き合うってラブラブだったり、バカップルだったりって、そういう楽しいことばっかりじゃないのよねぇ。その点、幼馴染みって羨ましい」
友達以上であって男女の仲でもない、微妙な関係性を、サオリは大切にしている。だからこそ友達もたくさんいるし、適度にモテるのだと思う。
「……私が特別美人だったら、折原と歩いていても何にも言われないのかな」
「何言ってるの? 愛称はまあ、美人系ってわけじゃないけど、カワイイ系じゃん。しかも、性格いいし」
「あんたってば、最高にいい友達だよ」
「言うじゃん」
顔を見合わせて、笑った。はあおかしい、と涙をぬぐったときに、サオリの、あっ、とつぶやく声がする。向こうから男子生徒が歩いてきた。野球部員のサオリの彼氏だ。部長だから忙しくて全然デートも出来ないの、とサオリが嘆いていた彼だ。彼は笑顔で手を振った。そうしてから私の姿に気がついたようで、少し照れくさそうに上げた手をうしろに隠す。
「かわいいね、彼氏」
軽い気持ちで言うと、サオリがにらみつけてくる。肩を竦めた。
「うそ、ごめん」
サオリはスカートの裾を直して立ち上がった。
「ばか、謝らないでよ。ま、あんたのイケメン秀才幼馴染みよりは可愛いかもね〜」
「それって誰のこと?」
向こうから、サオリの名前を呼ぶ声がする。行くぞ、とか、帰るぞとか何とか言っていた。
「愛称、お先。また明日ね」
「バイ」
彼氏が先に背中を向けて、サオリも手をひらりと振った。それから一度振り向いて、私を指差した。
「誰の言葉も気にかけないで、好きならそれで胸張って!」
うなずいた。彼氏は、何の話?とぽかんとしていたけれど、私はうれしくってこぶしをつくってサオリのと突き合わせた。
サオリたちが去ってからしばらくして、折原が校門に現れた。何の部活にも入っていない折原が、引退試合直前の野球部部長の彼より時間が遅くなるのか、私には分からない。
「お待たせ」
「すっごいお待たせ≠ウれたんだけど」
「そういうときは普通に、待ったんだけど、って言えばいいんじゃないの?」
「うるさいなあ」
揉めていると施錠係の事務員さんがやってきて、早く帰りなさいと言われた。仕方なく、並んで門を出る。
二人で並ぶと、みんなの言葉をどうしても意識してしまう自分が嫌で。
私はたくさんのくだらないことをしゃべった。そのなかで、サオリの話もする。
「サオリって、同じクラスの加藤沙織?」
「そう。サオリがね、そう言ったの」
「光と影=v
折原はつぶやいて、くくっと笑った。
「へえ。あの子、そんなこと言うんだ。ちょっと意外だな」
「ただのお調子者に見えてじつは色々考えてるのよ、だから私たち話が合うの」
「じゃあお名前も色々考えてるんだ」
折原が不意を突いてくるので、無視をした。それはこの人の得意技だから、私はそのたびにポーカーフェイスが上手になってゆく。(大抵のことは見抜かれてしまうけれど)
「そういえば俺も加藤さんに言われたなぁ」
折原とサオリがクラスで話しているところを見たことがないから、驚いた。思わず折原の横顔を凝視する。
折原は顎に手を当てて、少しだけ首をかしげる。
「折原くんは愛称のこと、ちゃんと大事にしてるのぉ≠チて、たしかそんなことを」
「え? どこで……」
「どこって、教室。普通にクラスメートなんだから、登校中とか、廊下とかじゃないだろ」
「そうだけど…」
二人の仲を疑ったとか、でなくて、単純にいつ? と思ったのだ。折原は毎日授業を受けに学校へ来てる訳じゃないし、サオリと私は四六時中つるんでいる。離れるとしたら、トイレに行っているときくらいで。
いつだったかの昼休みかなあ、女子生徒の集団に声をかけられて。
その言葉を聞いて、さっと青ざめる。
「みんな、変なこと言わなかった?」
「変なこと?」
「だから……それは…」
私と折原、合わないねって。
折原からしたら、
で? それだけ? そう思うかもしれない。
でも私はすごく気にしてるって、決して言えるわけなくて、つい黙ってしまう。
折原は目を丸くする。
「あれ、おかしいな。きょうはお名前のことがすごーく可愛く見えるよ、変だね」
「疲れてるんじゃないの」
「……何でだろうって思うよ、時々ね。本当に時々なんだけど」
折原のいつもの軽口。訳がわからない気持ちで私は、口をしっかりと結んで、折原の様子を見ている。
たったいま、あるいはあと数秒後、私は折原に突き放されるのだろうか。ふと頭の隅に浮かんだ。
「お名前の考えていることは大体解るから、一緒にいてもつまらないしね。怪我したらすぐ泣くし、授業出ろって煩いし」
「授業に出るのは、当たり前のことでしょう」
「うん、そう。当たり前」
「気にかけてあげてるのよ」
折原の顔を見て、泣きたい気持ちでいた。だって折原がとんでもなく優しい顔をするから。
全部解ってくれているなら、今の私を見過ごさないでほしい。そっと背筋を伸ばした。
「帰るよ、ほら」
少し離れた所で、折原があきれた顔して立ち止まっていた。高校3年になって影を増した顔付きと、男の子の背格好。顔にはまだ小さな頃の面影がちらついている。
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