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夏はきっと、別れの季節。
ティーシャツの腰の辺りが湿っている。猛烈にシャワーが浴びたい。田舎から都会に戻るならまだしも、その逆は解り得ない。
暑い。俺は考えることを放棄した。
「何にも言って、くれないの」
「俺、散々言ったけど。残ればって」
「ちがくて。そうじゃなくて。」
駅構内の喫茶店で、お名前が涙目で言った。俺が泣かせたみたいで居心地が悪い。お名前がいつも大袈裟すぎるだけなのに、俺が態度に出さないみたいに思われがちだけど、こっちが正常だから。
「寂しいとか」
「言われたいの?」
「うん……」
「寂しい」
「気持ちがこもってない!」
「言わせといて何なんだよ!」
振り回されて面倒臭い。でも、手がかかる分だけお名前のことがひとつまたわかる気がして。そう、探求心が刺激される。都会の中の田舎に生まれた俺と、田舎中の田舎に生まれたお名前とじゃ、持ってる過去が違いすぎる。そういうギャップも、俺とお名前を強く繋いでいる要素。
「しばらくはどうするの?」
「とりあえず、免許は取ってくる。それであとは、地元の子と遊んだり」
「少しはバイトもしろよ、ちゃんと」
「するって。さがるは?」
「俺はバイトかなあ。あとはまあ、ぐーたら」
「いいなー。羨ましい」
「お名前だってするでしょ?」
「うん。久しぶりに甘えてこなきゃね」
甘えてこなきゃ。
普段お名前の口から聞かないような単語に、何故か顔が見れなくて、グラスについた水滴を指でなぞった。
さがる?
鼻声じゃん。呼ばれて顔を上げれば、笑顔のお名前。
「浮気しないでね」
「は?するわけないじゃん。する相手もいねーよ」
「だよね。さがるだもんね」
「何だよ。むかつく。お名前こそ、他のやつに色目使うなよ」
「使わない。だって私にはさがるしかいないもん」
何言ってんの。
突き離そうとして、喉に引っ掛かる。喧嘩別れは嫌だから黙っておこう。それに、こんな熱い頬のまま言ってやっても意味を成さない気がするから。
へらへらずっと笑ったままのだらしない唇に、猛烈にキスがしたくなったけど、改札前でイチャつくキモいカップルみたいなことは俺はしないし出来ない。
仕方なく腕を伸ばして頭を混ぜてやると、嫌がる素振りをしながらも、目の端からぽろりと涙が落ちたのを、俺は見逃さなかった。
都会の田舎って言っても、都会は都会。見送りはここまでで終わり。頼めば通してもらえるのかもしれないけど、お名前は要らないって言った。
「じゃ、また夏休み明けに」
「ん。行ってらっしゃい」
変な沈黙。
どこか間抜けた電子音と、ガヤガヤした音が耳を通り抜けていく。
「元気でね。また連絡するから」
お名前が曖昧に笑って、片手をゆらゆら振った。同じように返す。
お名前は腕を下ろして、もう一度確かめるように俺の目を見ると、名残惜しそうに電子パスを取り出して改札の方へ歩き出そうとした。その肩を咄嗟に掴む。
振り向いたお名前は、もちろん驚いた顔で。
「あの、あ、ああああのさ」
「……何?」
「あの、その。やっぱ何でもない」
「えっ?!」
帰りは、気を付けて帰ってこいよ
本当はそう言ってやりたかったけど、帰省先での生活を楽しみにしているであろうお名前に水を差すのは、彼氏の役割として良くない。
お名前の故郷の、青々とした景色をまぶたの裏で想像する。線路沿いの緑なんかとは比べ物にならない天然の緑、暑いくらい一面陽の当たる野原。
その中に立つお名前は、やっぱり笑っているのだろうか。
背中の方からぐんと速度をつけた新幹線が、俺を追い抜いた。
俺はこの夏、ここで彼女の帰りを待っている。
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