火花


「落ち着けったって、そんなのムリに決まってるじゃんね。ばっかみたい」

 酒をぐうっとあおる彼女を見つめながら、俺は今日、何度目になるか分からない溜め息を飲み込んだ。

 監視官として厚生省公安局刑事課に配属され数週間が経つ。まさか狡噛と同じ係になるとは夢にも思っていなかったが、知り合いがまったく居ないよりは遥かに心強かった。
 狡噛を含み同期は三人。そのうちの二係の青柳監視官は、顔を見るに性格は少々きつそうではある。しかし新卒ながらにもスーツを見事に着こなしており、見るからに頼りがいのありそうな女性だ。
 そしてもう一人。青柳に比べて、こいつといったら……。

「はあー、もー!まだまだ飲むよー!そこのボーイ!酒持ってこーい!」
「はあ……ああ、すまない君、いまの注文はキャンセルしてくれ。あと、お勘定を」
「ぎのざぁ……ぐず……わたしはね、ミニパトのお姉さんになりたかった…のぉ………うっ……」
「ああ、わかってる。分かったから、今日はもう帰るぞ。」
 この愚かな飲んだくれめ……。同じ話を何度も聞かされる俺の身にもなってくれ。

 青柳と同じ刑事課二係に所属するこいつは、シュビラを疑うようで不本意だが、本当に監視官に向いていないやつだ。口を開けば愚痴しか言えない。
 今日の任務では立場逆転、執行官に指導されてしまったらしく、先ほどから悔しそうに呟いてはぐずぐずと鼻をすすっている。

「でもね、もう警察なんてものはないから……今はシュビラの絶対王政の中で生きてるからぁ……ミニパトいらないの……監視官は、シュビラに従って、撃つ。それがしごと。」

 本当に監視官には向いてないのだが……。いや、向いていないからこそ、誰よりも自分の役割が分かっている奴でもある。求められていることを、素直にこなそうとする。(出来るわけではない)
 しかし自己を押さえ付ける反動で、酒に頼る生活になってしまえば今後任務、雑務にも悪く影響していくだろう。

「歩けるか?」
「う〜〜〜〜ん………………」

 店を出ると、目の前にノナタワーがそびえ立っていた。学生の頃からずっと見つめ続けてきた建物に今、自分が勤めていると考えると不思議な気持ちになる。
 俺より何倍も細い肩を担ぐ。香水のような、柔軟剤のような何かの匂いに一瞬足が止まってしまった。女とはいえ、全身の力が抜けているとそれなりに重い。思い切って抱き寄せると、髪が赤く染まった顔を隠した。俺の胸の辺りで、んむう、とうなる。頼むから寝るなよ。

「………ちいさいころさ」 いまにも眠ってしまいそうな声でしゃべり出した。
「ん?」
「小さい頃さ、父が刑事ドラマが好きでよく観てたわけ。内容は覚えてないけどなんでかね、面白いと思って一緒に観てた………憧れたのかな。走ったり、運転したり、アクティブな仕事で良いなと思ったのよね」
「あこがれか……でも実際に勤めてみると、な」
「そ、違ったの。実際問題、もっと地味!監視官なんて中間管理職とおんなじよ。まだ新米刑事なのに同期は皆優秀だし、一人だけ落ちぶれてるし?」
「適性検査のポイントは幾つだったんだ」
「イヤよこんなところで言うの。恥ずかしい。どうせあんたはハイスコアなんでしょーけど……」
「俺は学生の頃からこの仕事を目指していたんだ」
 あやすように言うと、キッと、鋭い目が俺を射す。
「なに、その言い方。同じにするなってこと?」
「そうは言っていない。ただ他にも選択肢があったなら、今からでも遅くはないだろう。」
「まだ慣れてないだけだよ。これからきっと、いつかは立派な監視官になれる………そう思うこともだめ?」
「一度でも感じてしまった理想と現実の差を埋めるのは、たやすいことじゃないぞ」
「うん……そうね。そう思うわ」
 にへら、とふやけた顔で笑ったあと、唇をきつく結ぶ。グラスに入った水のように、目に透明な膜が張っているのを俺は不思議に思って見つめた。
「宜野座は突き放したり、やさしくしたりして、よくわからないひとね」
 俺は、こいつの言うやさしさだとかは、よくわからない。ただ、こいつの思いを、すべてを否定することができないだけだ。胸の奥でじりりと燃え続けている。俺が持つ、幼い頃の憧れ≠ニ通ずるものがあるからだ。
 俺は、アイツのような刑事になんて、決してならない。

………ぎのざ?きいてるの?

 ふと意識を戻すと、同僚は腕から離れ、自力で立ちこちらを見ている。

「公安局へ戻りましょう。宿直、朝からなんだから、ジムで時間潰しでもする?」
「ああ………そうだな、しかし体調は」
「ここから歩いて行けば、その頃には酔いも引いてるわ。それからどうぞ、お手柔らかに」

 同僚はスーツの裾をつまんで、恭しくお辞儀をした。伏せられたまつ毛がきれいだ。横顔にネオンが反射している。
 これからどうなるのだろう。一抹の不安がよぎる。不安? なぜ。こんなに統制された、シビュラが生きる世界のなかで。
 同僚を見つめる。目が合う。胸の奥でなにかが燃えるように、瞬間、熱くなってはすぐに消えた。



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宜野座と同期だったらイヤでも飲みに行く機会が必ずあって、自分もお酒が得意じゃない癖に、女性と二人なら器用に介抱しようと努力する姿を見せそうですよね。あなた男友だちと飲むと潰れるタイプでしょー!(20170209-20200519)
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