[愛してほしいという暴力]

「ひとまず、護送車に」

 宜野座さんからの通知を受けて、隣に立つ縢くんが駐車場へ向かおうとする。その青いスーツの後ろ姿を見て、あることを思い出した。
 立ち止まったわたしに気が付いたのか、縢くんの長い脚が引き返して来た。ぽわん、とした視線とぶつかった。

「あの……縢くん、ごめん……、先に降りてくれる?」
「え? どしたの」
「椅子の上にジャケット忘れちゃって……」

 ジャケットというのは、外出初日のために通販で購入していた真っ赤なコートのことだ。あれを着たくて毎日、外出があるかどうかすら分からない中、わざわざ宿舎から刑事部屋まで持って行ったというのに。
 縢くんは顔をしかめて言う。

「はっ? そんなのよくない? 今は早く降りた方が……」
「すぐに取ってくるから、先に行っていて。すぐに後を追うから!」

 ちょっとちょっと!と縢くんが止めるのを背中で受け止める。

 だって……せっかく刑事として初出動するのに、ただのスーツだけじゃあ地味じゃない?
 幼い頃にお父さんの膝の上で見た、刑事ドラマの主人公がいつも着ていたモッズコートのように、トレードマークがあったら格好いいじゃない……と淡い憧れを胸に抱きながら廊下を走る。
 そういえば……縢くんも随分派手なジャケットを着ていたなぁ。


 当たり前だが……一係の刑事部屋はもぬけの殻だった。今頃は、監視官である宜野座さんと執行官達が、わたしが来ることを待機しているだろうから、一段と慌ててしまう。
 椅子の上に掛けられていた上着を取って、狡噛さんのデスク周りにちらばったダンボール箱に引っ掛かりながらも、刑事部屋を転がり出ると、人とぶつかった。

「イテ!あー……ったくもう……おっそいっての!」
「か、縢くん!」
「早く行くよ」

 あーこれ、ギノさんに怒られるわぁ……なんて笑いながら、縢くんは隣を走ってる。その能天気さに、さすがのわたしもビックリして、本当はありがたいのに怒ってしまった。

「先に行って、って言ったじゃない!」
「言ったっけ?」

 へらへらして、べーっと舌を出して……。
 ねぇ、一体何なの?



***



「先程、通話を終えてから何分経った?」

 地下に降りると案の定、宜野座さんはお怒りだった。配属早々、上司のこんなに怒った顔を見ることになるとは思わずビクビクしているわたしの隣で、縢くんは終始へらへらしていた。

 そんなんじゃ余計に油を注いでいるのでは……と思っていると、鬼の形相とは裏腹にすぐ解放され、縢くんに続いて護送車に乗り込んだ。
 狡噛さん達にどやされても、ごめんねーなんて軽くかわす隣で、わたしは呆気にとられたままだった。

 そんなわたしを見て縢くんはフッと笑って、手をひらひらとさせながら小声で話す。

「今はねえ、人員不足だからー。ギノさんも、俺達猟犬の小さな抵抗にいちいち構ってられないのよ」
「そ、そうなの……?」

 いやいやでも、自分で言うのも何だけど、わたしも一応潜在犯なんだし……。
 改めて『監視官』という存在の大きさを感じた。
 わたしたちはあの人たちがいないとすごく不自由なんだ。

「こーんなことで落ち込んでたら、この先長いのにやってらんねーよ? 名前ちゃん」
「そ、そっかぁ……」

 耳打ちするように話し掛けてくる縢くんの言葉にうんうんと頷いていると、ふと視線を感じた。前を向くと、征陸さんが目尻に皺をつくってこちらを見ている。
 目が合うと、にやり……と笑われた。

「お嬢ちゃん……面白いな。こういっちゃあれだが、とてもじゃないが現場でドミネーターをぶっ放すようなデカ向きには見えねえよ」
「いやいや、分かんないスよ。こー見えて名前ちゃんすげー大胆だったりして」隣の縢は笑っている。
 他の執行官の二人は静観を決めているようだった。わたしは口を開いた。
 わたし自身のこと……うまく話せるだろうか。

「そう見えますか? わたし、以前付き合ってた人を本気で殺そうとしたことありますよー。だから、それなりだと思いますけど」


 あれだけのことは、一言じゃやっぱり、うまく話せない。伝わらなかったかな……と反応を伺うと、みんながわたしのことを凝視している。
 間違えた、一瞬でそう感じた。
 途端に恥ずかしくなって下を向くと、急に背中の真ん中あたりがあたたかくなる。縢に声をかけられて顔を上げると、真剣なひとみがあった。

「な、何?」

 訊いたのに、縢は何も言わないでただ見つめ合うだけだ。
 狡噛さんと六合塚さんも、見つめてはくるけど、何を思っているのかは分からない。
 征陸さんだけが小さく笑ってくれて、やれやれ、と鉄色の手で頭をかいていた。

 そのあと、しばらく沈黙が漂う。
 わたしはと言えば、簡易的な椅子に座り慣れなくて。お尻の位置を直していると、ふと縢くんの指がわたしに向く。びっくりして見つめると、ふいっと視線を反らされてから、「で、ジャケット。あってよかったね」と言った。

「あ……うん。これ、ついこの間買ったばかりで……」

 脇に丸めていた上着を膝の上に広げると、赤色が目を引いた。やっぱり、この赤が良い。すごく目立つ赤じゃなくてちょっぴり暗いトーン。例えるなら、熟れた苺くらいの?

「なんかさ、俺と色違いみたいだよ」 縢は自身の青いジャケットの襟を掴んではにかんだ。
「その色もすごく良いね。縢くんに合ってるよ」

 素直に思ったことを言うと、向かい側に座るお兄さん……狡噛さんの低い声が割り入ってくる。

「だとよ。よかったな、縢」
「……コウちゃんって、ほんっと……!モテないよ?」
「言ってろ」

 突然の流れに困惑して、女性の方を見る──六合塚さんは静かに壁を見つめていた。助け舟はなさそう。
 口を開こうとした瞬間、どこからか声が聴こえた。


《お前ら、口を慎め》
「へいへーい。すいませんね、ギノさん」
《……縢執行官。監視官は執行官のお友だちではない》
「じゃーあ、ギノ様にでもしときます?」
《クッ……!良いか貴様ら。ブリーフィングだ》

 その言葉に狡噛さんが声を上げた。

「いつものように現場に着いてからじゃないのか?」
《先に向かったドローンが、現場の規制に手間取っている。テントを立てるにもじゅうぶんな場所が確保できていない。よって、今ここで話す。………この説明で満足かな、執行官》
「大満足でっす!」


 ………終始、このような雰囲気で良いのだろうか? と、隣に座る彼の横顔を見ては違和感を抱く。


 数週間前、宜野座監視官と一緒に隔離施設へ迎えに来てくれた時は、もう少し真面目そうに見えたんだけどなぁ。
 ……そのわたしの頭の中を覗くように、幾つかの視線がわたしを捉えているのをちょっぴり感じながら、考えていた。
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