[獣が星になれる終末]

 たとえば今まで独りで生きてきて、それが当たり前だった毎日に突然、年の近い男の子や女の子、目上の男性たちが現れてとびきり優しくされてしまったら……。



***



「あー、名前ちゃん!おっはよーう」
 欠伸を噛み殺しながら挨拶をくれる、派手な髪色のお兄さん。名前を縢秀星。

「おい縢、また寝不足か。ゲームのやり過ぎなんじゃないのか」
 欠伸を鋭く指摘しながらも、呆れが混じったように言う大柄の男性が、狡噛慎也。

「まあまあ。若いうちしか夜更かしなんて出来ねえんだから、今のうちに好きなことはやりつくしておけよ。なあ、六合塚」
 見慣れない義手とコートの着こなしに風格を感じさせる男性は、征陸智己。

「ふうん。よく知らないけど!」
 長髪の黒髪をひとつにまとめている、細身の女性が六合塚弥生。

「オホン……。お前たち、仕事は終わったのか。特に縢!書類作成の基本が成ってないぞ。日付は入れろ、さすがに……」
 整った顔付きではあるが若干立場の弱いように見える唯一の上司(または飼い主?)である、監視官の宜野座伸元。

 縢のように挨拶は無いものの、皆、会釈をくれる。
 今朝は勢揃いか……背筋が伸びる思いでデスクへ座り、モニターを起動させる。


「えー、まーた俺ばっかりい。名前ちゃんはどーなんすかあ」
「苗字は配属されてまだ二週間ほどだ。多目に見るのは当たり前だろう。お前は一ヶ月半も多く、ほぼ毎日のように仕事をしているのにこの有り様じゃないか!少しは……」
「少しは執行官としての自覚を持て!でしょ? はーギノさんってば、うるさいうるさい」
「なっ、貴様…!」

 縢……さんというのは、どこかこだわりを持ちながらもずいぶん大ざっぱな性格らしかった。服装ひとつとっても他の執行官は適当にスーツを着ているが、縢さんだけはお洒落に気を配ったブラックのシャツに赤いネクタイを合わせているし、机の上も他の執行官に比べ、趣味趣向の主張が激しいように見える。

「しょうがない。今日は名前ちゃんのために、ここでの業務を教えるオシゴト、しようかなー」

 表面上穏やかな声音で、いたずらっ子のような顔をする縢さんに対してわたしはお礼も返事も何も出来ず、無言で書類のフォーマットを立ち上げる。お願いだから、巻き込まないで……と必要以上にモニターを目で追うことで、何とか雑談を回避しようとすると、案外察してくれる。
 宜野座監視官と縢さんの不毛な口論が響く部屋の中で、与えられた仕事を着実に進めていく。
 手始めに、報告書の添削をしてくれと与えられたデータは、用意してくれた資料のおかげもあってか思っていたより苦労しなかった。
 没頭していた頃、ちょんちょんと肩を突かれる。視界に入るオレンジ色の髪で、誰だかはすぐに気付いたんだけど。

 顔を上げると縢さんはご飯行こうよーと言って立ち上がる。

「え、もうそんな時間ですか?」
「うん、わりと」

 辺りを見回すと、皆さん座席には座っているけど、手は止めていた。
 お昼休みの時間なのか。

「じゃー、執行官・縢秀星、今日は名前ちゃんの直属のセンパイでーっす。しっかり着いてきてくれよ?」

 ピースサインをしながら言い放って、縢さんは颯爽と刑事課のフロアを抜けていく。
 わたしは遅れないように後ろに着いて歩くので、距離が縮まってしまう。ほんの一瞬だけど、縢さんから甘い匂いがした。

「あの、縢さん……せっかくの昼休みなのに、スミマセン」
「ん? 気遣わなくていいよ……昼休みっつうか、休憩時間? 飯は各自テキトーに食ってるから……。あ、あーとー!さん付けはナシで」

 そう言われてもまだまだ知り合って日が浅いのに、呼び捨てなんて大胆なことは出来ない。

「じゃあ、縢くんとかで」

 縢さん(縢くん)は、少し考える素振りを見せてから、笑った。

「うん、いいね」

 その表情に、惹き付けられる。

「名前ちゃんは何年生まれなの?」
「91年です。縢くんは?」
「俺は92年。俺達、一個違いだね」
「そうですか」

 縢くんはわたしの顔を見て、なぜか戸惑ったみたいだった。少し間を置いて、頬が掻いた。何を言われるか、緊張する。

「名前ちゃんってさぁ……。」

 目が合って、彼が口を開いた瞬間、


───エリアストレス上昇警報───


 けたましい音と共に、局内にアナウンスが響き渡った。縢くんの目付きが、瞬時に鋭くなる。

「なっ……!」
「おやおや、せっかくデート中だったのに」

 デート?! 縢くんの言葉に突っ込みを入れようとした時、わたしと縢くんの腕につく通信機器へ通知が来る。


《縢、苗字、出動だ。大至急用意しろ》


「だとさ。はいよーギノさん!名前ちゃん、もしかして現場出るの……初?」
「は、はい」
「ふぅん。……んじゃ、張り切って行きましょか!」



***


 少なくともわたしは必要以上に愛してしまった。
 何も持たないわたしに、望んで、感情のひとつひとつをぶつけて困らせて楽しんでいるような人たちを。
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