[糸のように、少しずつ]

 宿直を終えた後、三人は弥生ちゃんの部屋の前で古いカメラのカタログを眺めていた。夜の深い頃、突然押し掛けたのに彼女不満を見せることがなかった。ほとんど同い年くらいにも関わらず、こういうことをさらりと出来るところがわたしと弥生ちゃんの違うところ。

「何か、探してるの?」 弥生ちゃんは問う。彼女のカジュアルな姿を見たのははじめてだった。
「特にこだわらないの。わたしでも使えそうな簡単なカメラはどれ?」

 聞くと、腕を組んで壁に寄りかかっていた弥生ちゃんはこちらへ近付いて、カタログを覗き込んだ。

「名前でも使えるデジタルカメラならこれ。もっと古いのだと、フィルムが必要だけど、最近じゃ手に入れるのは難しいわ」
「フィルム」

 弥生ちゃんの説明にうんうんと相槌を打っていたら、いつの間にか視界に緋色の髪がうつらなくなっていて、慌てて振り向いた。背後には、両手をポケットに入れて俯いてる縢秀星がいた。

「ちょっと縢、聞いてるの?」
「んー、」
「もう!縢ってば……」
「名前、今言ったことは後でデータにまとめて送るわ」

 弥生ちゃんが覗き込んでくる。
 想像よりもずっと種類が多く、操作も難しそうだったので、現像出来ればどれでもという条件を出して、弥生ちゃんに幾つか候補を出してもらうことになった。

「それにしても驚いたわ、まさか……」
「急にびっくりしたよね、ごめんなさい……」
「名前ちゃんったらまったく、クニっち、この子ねえ、コウちゃんの部屋に行ったら急に言い出してさあ」
「急じゃないよ!前からほしかった。それに縢だって、良いんじゃない?って言ってくれたじゃない」
「まあ、それはそうだけど、宿直まですっぽかしかけるまで夢中になるなんて」
「先にサボろうって言ってきたのは縢でしょっ!」

 ハッとして弥生ちゃんを見ると、困った顔をして笑っていた。

「とにかく名前、縢じゃ手助け出来ないことがあったら、いつでも声かけて」
「うん、ありがとう!」
「それじゃあ」

 弥生ちゃんは最後に縢を一瞥して、部屋へ戻っていった。

「おわったー?」

 声の方を見れば、縢は監視ドローンと向き合っていた。いつの間に……。
 ポカポカと蹴ったりしてないだろうか、と不安になる。(前にコウちゃんがドローンを破壊して怒られた、という話を聞いたからだ)

「蹴ってないよね?」
「まさか、コウちゃんじゃないんだからさ」 縢は肩をすくめた。
 夕方から深夜にかけての宿直明け、静けさが漂うこの時間の廊下には、二人の靴音が響いた。

「それより、カメラ良かったね、クニっちに相談して正解だったよ〜」 縢は目を細めて言う。
「縢も、うれしいの?」
「うん?」
「だってすごく嬉しそうに笑ってくれるから」

 わたしが無理に付き合わせたはずなのに、縢が自分のことのようにやわらかく嬉しそうに話すので、不思議だった。
 コウちゃんも弥生ちゃんも丁寧に、それこそまるで自分のことのように聞いてくれたし……

「迷惑じゃないの?」
「……ははっ!名前ちゃん、それ、本気で言ってる?」

 縢は天井を見上げて笑った。
 それから顔を近付けてくるから、のけ反る。にやにやしてて、なんかむかつく!

「普段物欲のない名前ちゃんが珍しく食い付いてたからね。何がなんでもゲットするしかないっしょ」
「そっか……」

 わたしがうれしいと思う時に、同じことを思ってくれるひとがいる。困ったときに助けてくれるひとがいる。施設にいた頃には経験のないことだった。

 一係へ入って、皆と関わっていく。その度にわたしの人生と、違う人格を持った皆との人生が、糸のように、少しずつ絡まってゆくのを感じていた。
 それが不安だけれど、その反面期待している自分もいることに気が付いていた。
 縢のことも少しずつ、分かっていくような気がして……
 すぐそばで揺れる黒いシャツを掴むと、驚いた両目と目があった。

「ねえ、弥生ちゃんって頼れるお姉ちゃんみたいに思わない?」
「……ばーか。大して年変わらないでしょー?」

 腕を触ったのがよっぽどびっくりしたのか、縢は何度も瞬きをする。
腕を解くと、こっそり息をつくのがわかった。

「しかも縢なんて、同い年!見えなーい!」
「こら、年上をからかうなよ」

 それでもすぐいつも通り意地悪く鼻で笑って、わたしの頭を小突いてくる。こういうときだけ子供みたく扱うのが憎たらしくて、悔しくて、上手く言い返せない。


「じゃあ」
「……うん」

 部屋の前まで送ってくれる習慣も、今だけは息苦しかった。

「おやすみ、名前ちゃん」
「おやすみなさい」

 いつも通り手を振って、縢は自分の部屋へ歩いていく。

 少し猫背気味なその背中を、すっかり知った気になっていた。
 人との関わり方…縢のことも、まだ分からないことばっかりだ。



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