その言葉は愛してるとおなじこと
どんなに好きと伝えても、聖護が返してくれないことは分かっていた。互いに一方的な愛ばかりで、わたしは言葉、彼は行動で愛を伝える。
「若さを保つためには何が必要か、知っているかい?」
聖護の胸元でうたた寝をしていると、とつぜん耳元で囁かれる。
その低音がくすぐったくて一度起きたけれど、よく考えたら気持ちがいいものであったから、余韻に浸ってからもう一度眠りにつこうとすると、彼の指によって耳を引っ張られた。
驚きで目を見開いてしまう。
「痛い!何するの」
「…君は、僕が起きてるのに眠るのか?」
「聖護も一緒に寝ればいいじゃない、ほら」
わたしがひとりでくるまっていた毛布を少しだけ彼に分けてあげようとすれば手で制されてしまった。
「人が親切心でしてあげたのに…」
「…すまない。さて、話を戻そうか」
少し眉を下げて聖護は謝ったけれど、内心まったくそのように思っていないことをわたしは知っている。まったく自分勝手な人だ。
すっかり脳が覚めてしまって再び眠るのはむずかしい。
仕方なく見かけだけで目を閉じて、話の続きを促すのだけれど、彼にはそれは不満なようだった。
「僕は今、君に問うているんだよ。凪」
「…聖護は嫌。わたしの言ったことにすぐに笑うんだもの」
わたしの言葉に、聖護は意外そうな顔をした。
「そんなことはないよ。言ってごらん」
「…考えちゅう」
「その悪戯な顔は、もう、答えがあるんだろう。」
聖護が分かりきったような顔をしてわたしを見下ろす。
「…愛情。愛情を受けることによって、心も肉体も、若いままでいられるんじゃない」
実際、わたしもそうだし。という言葉はかろうじでのみ込んだ。貴方からの愛。無償の愛。
「そうだね。僕も同じように思っている。僕が言うと嘘に思えるかもしれないが…愛がもたらす幸福感や、他のことへ対する影響力というのは、僕達が思っている以上に大きい」
たとえ、それが歪んだ愛であったとしても?
「少なくともあの方のように、サイボーグ化してまで手に入れる見せ掛けだけの若さは、いやね」
わたしがシーツを引き寄せながら言えば、聖護はフッと笑みを溢した。その些細な仕草でさえ色気が漂う。
きっとここにグソンがいたら「大切なクライアントをそんなふうに言うもんじゃないですよ」と咎められただろう。
しかし聖護はそれをしなかった。
これも彼からの愛情の一種なのだと思う。
数秒黙ったまま見つめあってから、わたしは頬に彼の唇を受け入れる。
「ねえ聖護…」
いつまで今の生活を、いつまで続けることが出来るのだろうか。
この間、そう思ってたことに気付いて、わたし吃驚したんだよ。
いつからわたしは、こんなにも貴方を。
「すき。聖護のことがとても」
好きだからこそ分かる。この人が今何を成そうとしているのか、この人がどれだけ無謀な戦いに挑もうとしているのかが分かる。
後戻りがもう出来ないことも、彼は理解している。だからこそわたしは何も言ってあげることができなかった。
たとえこれからのことによって、自らの死が訪れようとも。
「…何も言わないでくれ」
金色の瞳に枕元のランプが淡く反射して、水面のようにゆらめいている。このゆらめきの中にすべてを沈めたい気分だ。
この世の中も、これから彼が向かうところもすべて。
聖護の胸に耳をあてる。心臓はゆっくりと確かに、リズムを刻んでいた。生きている。彼の身体はこんなにも当たり前に、生きているというのに。
わたしの目から流れた涙がシーツに染み込んでゆく。
「本当に行ってしまうのね 」
「…うん、すまない」
、凪。
首もとに微かな痛みを感じて、意識が遠のいてゆくなかで、くちびるにやわらかなあなたを確かに感じた。
「僕には君がいる。君には僕がいる。そう思っていてもいいかい?」