#4−2 もう夢をみない朝に(中編)
カフェに着いたときから、すごく楽しみに会いに来てくれた様子には気付いていた。でもそれ以上に、常守の前でもあるからか……気丈に見せようと努めて振る舞っている様子が気になっていた。
目を伏せた凪の柔らかい頬に顔を寄せると、清潔な香りがする。唇で触れた所はとても熱い。何度も触れているはずなのに、未だに驚くくらい、やわらかくもあった。まるで幼い子どものように。
咄嗟の俺の行動に……彼女は頬を赤くして、目を潤ませ……喜ぶのかと思ったが、予想外なことにふくれてしまった。
何を間違えたか。
身体を離すと、図ったようなタイミングで常守監視官から音の鳴らない通信が来る。
凪に尋ねたいことはたくさんあった。でも、もう今日は時間だ。
いつものところまで見送る……と言うと、凪は幼い顔で俺を見る。それでも頷いてくれる素直さに、胸の内はえぐられるようだった。
カフェの会計は既に常守が済ませてくれていた。「今度お礼しなきゃね」と凪は恥ずかしそうに呟いた。
「監視官様だ。経費で落ちるんじゃないか?」
俺がそう言うと、凪が何か思い出したように、振り返る。まだ赤いままの頬で、きちんと目が合わないようだった。彼女はなにも言わず、また前を向いてしまった。
その小さな背中を見つめると、いつも同じことを考えてしまう。
俺達が別れる理由はない……だけど、こんなのどうしたって可笑しいんじゃあないか、と。
その辺りを通るカップルや夫婦達と同じように、ごく一般的に幸せな家庭を与えてやりたかった。
あの雨の日、高等科の玄関で、凪の後ろ姿を見かけた瞬間……これまでずっと俺が密かに、頭の奥で求め続けていた姿だと思った。
直感だった。ただ、"俺に必要な人だ"と。
本の虫だった少女は、いつでも惜しみ無く俺に愛を与えてくれて、何度も孤独を分け合った。俺の色相が不安定になるにつれ、寂しくさせる時間が増えたにもかかわらず、凪はいつもダイムと一緒に俺の帰りを待ってくれた。
凪は何も変わらないようにしてくれる。俺だけがいつも変わって、置いて行ってしまう。
いつもの場所、というのは常守の私用車を駐車しているパーキングだ。監視官の元から離れられない俺のために、いつも駐車場まで着いてきてくれる。なので正しくは俺の方が、毎度凪に見送らせていることになるのだが、彼女がその言い方を好まなかった。
「これからもあなたに、見送るよ、って言ってほしいの」明るく言って、笑った。
「また次に会えるのは、いつかなぁ」
何とはなしに、彼女が言う。緑のスカートが、歩く度に形を保ったまま揺れている。綺麗だな、と思った。
「そうだな……意外とすぐなんじゃないか」
凪が薄く微笑む。俺の言葉を真に受けない時にする表情だった。ふいと顔を逸らされる。
「公安局の仕事はどう?」
「ぼちぼちさ。ただ、もしかしたらまた……」
しばらく、会えないかもしれない。
言おうか、戸惑った。
自分を取り巻く環境が、また少しずつ変化していることに、俺たちは気が付いていた。
凪のような、どちらかと言えば世間に疎いような民間人でさえ、国内の情勢の噂を耳にしている。街中のデモ団体も以前とは、少しムードが違うだろう。彼女も、そういった変化を少なからず感じているのだろう。
常守が運転席から俺たちへ向かって手を振る。組んだ腕を解いてから、凪は小さくはにかんだ。
「また早く会いたいね」
ーーどうしたって君が強くあろうとするから、俺はそれを止めることができない。ーー
「凪……今日の服、似合ってる」
ようやくそれだけ伝える。凪はようやく、ようやく泣きそうな顔で俺を見つめ返した。
#title by まほら