#4 もう夢をみない朝に(前編)


 約束の場所へ向かう道すがらで、ふと、通りのウインドウに映る自分の姿が目に入って、眺めてしまった。
 今日は深いグリーンのスカートに、白いカッターシャツを合わせてみた。サンダルは、少しくだけた感じに装飾のほどこされたパール色のものを。それから健康的な頬の赤みと、自然体な笑顔。うん、悪くない。自己満足だって良いものだ。不思議と、人ごみの中で一番浮かれている自信がある。
 メッセージの着信音が軽く跳ねるように響いて、現実を取り戻す。青信号が点滅していた。急いで駆け出すと、またもや自分がわかり易く浮かれているのを感じた。

ーー凪さん、少し早く着いたので、お先にお店に入っていますね
ーーあ、今日もお洋服 すてきです

 待ち合わせたカフェが目に入る。手を振る二つの手。常守さんと伸元がひっそりと笑っている。


「久しぶりになってしまってすみません。しばらく、立て込んでいたもので・・・」

 わたしたちの常守さんは少し疲れたように笑って言った。ううん、と首を振ると、またこぼれた微笑みに、少しだけ安心する。

「忙しいことはいいことでしょう? 常守さんが元気そうでなによりだよ・・・ね、伸元」

 常守さんの隣に座る伸元は目元だけで笑って、カップの口縁へ唇を寄せていた。

「凪さんもお忙しいですか?」
「うーん。最近は少し落ち着いているかな。ほら、最近海外にシビュラシステムが輸出されるって噂があるでしょう?」
「ああ・・」 常守さんが苦笑するので、わたしも一瞬困った。
「あ、ごめん、民間人の噂だから・・・刑事さんは真に受けないでね・・。それで、もしかすると近い将来、ネットショップの市場が落ち込んじゃうかもしれないの。安くて品質のいい海外製の品物が流れてきたら、国産が売れなくなる日が近いかもしれないわね」
「そっかぁ・・でも凪さんの仕事は無くなる事はないでしょうね!だってバイヤーだもん」
「正しくはバイヤー補佐ね、朱ちゃん」

 わたしからしたら同じくらいすごいですよー、と素朴に笑っている常守さんを見ていると、心があたたまる。

 伸元は、元々あまり口数の多くない人だけど、今は考え事をしているか、何らかの感情をかみ締めているのだろう。何か思案するような顔付きで、静かにわたしたちの会話に耳を傾けているようだった。

 わたしと常守さんが同じタイミングでカップに口をつけたとき、沈黙が際立って、ようやく伸元の声を聴くことができた。少しだけ椅子を前に引いて、距離を縮める。伸元のグローブに包まれた掌が、テーブル越しに、わたしの肩に触れてくる。

「身体は、どうなんだ。食事はちゃんと採ってるのか」
「うん。あのね、ネットニュースで見た? 今流行ってるマクマクバーガーの新商品・・美味しかったよ。今度機会があったら、食べてみて」
「またお前は、そんなものばかり食べて・・・」
「だって美味しいんだから仕方ないでしょ・・・」

 ぶっと常守さんが噴き出す。そんな小さな反応さえ、頬が熱くなるほど嬉しくて、浮かれている。


 たとえばもし、あなたと二人で、ごくありふれたカップルみたいに並んで街を歩いたら。
 洋服はすべてホログラムで、何も考えずにマネキンごと買っちゃおう。よっぽど似合ってない服でもない限り……きっとあなたは何だって褒めてくれるから。
 常守さんは隣の本屋に用があるからとーーあまりに気を遣ってくれてーー席を外している。太陽も傾いてきたカフェテラス。何気なく吹いた風に腕をさすると、伸元はやさしくて・・彼のコートをかけてくれた。思わず頬杖をついて顔を合わせると、見入ってしまうくらいにやさしい目をしてる。穏やかに……控えめに……きゅっと引き上げられた、伸元の口角すら、愛おしいと感じた。

「ねえ。わたしたち出会ってしばらく経つけど、最近の伸元はこれまでで一番格好良いみたい」
「褒め言葉と見せかけて、最高の嫌味じゃないか」
「ちがうって。あのさ・・・言葉って難しいよね」

 わたしが笑いながら言うと伸元は腕を伸ばして、わたしの頭を軽く小突いた。

「ね、無理しないで。仕事が忙しかったら、会う機会を減らしたっていいから」
「ばかだな。俺が・・こうしたいからしてるんだ」
「・・伸元がしたいこと、思うように全部してほしいとは、いつも思ってる」

 昔から、伸元に対して何となくいつも思ってることだった。
 公安局の刑事っていう職業を選択した学生時代から、今でも同じ場所で生きてる伸元と、一般人のわたしとでは、いつも少し遠い仲だ。でもそう感じないのが不思議でもある。伸元が執行官になると決断した時「これからも変わらず会いに行く」。わたしにそう約束してから、実行して、寂しさを感じさせないでいてくれる伸元が凄いんだ。

「好きに生きたら良いんだよ。生きてるだけでいいじゃない。後から後悔したって、その時には何も出来ないんだし」
「君は本当に優しくて強いよ……変わらないんだな」

 強くなんてないのになあ
 こっそり胸の奥でつぶやいて、言葉を溶かす。
 今日はあまり深く話したい気分じゃなくて、ただこの時間をゆっくり穏やかに過ごしていたかった。

 ふとテラスを見回すと、若い年のカップルが顔を寄せて囁くように話し合っている。
 羨ましい訳じゃないけど、わたしたちは久しくああいった行為をしたことがなかった。
 伸元とわたしが会うのは必然的に外だし、周囲にはわたしたちの関係なんて何も分かりはしないのに、必要以上な接触を拒んでいるから。たとえば簡単なキスなんてもうずっとしていないし。
 ねだるだけなら罪じゃないと思って……カップルの方を小さく指しながら、伸元の瞳を覗く。

「ね……あなたに強いって思われてるわたしが……ああいうこともしたいなーって思ってたら、変?」

 どれ?と関心を見せる伸元と、二人でもう一度カップルを見ると、なんと驚くことにキスをしていた! 慌てるわたしに、伸元はふと笑って、肩に腕を回してくる。

「君は俺と話してる間そんなことばかり考えているのか?」
「ち、ちがう」

 伸元は楽しそうにちらりと歯を見せて笑っている。こんな顔、いつぶりに見るかな。目を細めて、頬を寄せられた。

「ちょ……冗談はやめて」
「俺はいつも本気だよ」

 離れようとして彼の手を掴んだら、優しく指を絡め取られる。伸元の首から彼の匂いが強く香った。ああ、久しぶりだな。頬にしっとりとした唇を押し付けられたら、恥ずかしさにむずむずした。
 楽しそうにいつもみたいに頬にキスを済ませた彼は、
「どう?」なんて尋ねてくる。
「うん、いいんじゃない。良かったんじゃない?わたし今 幸せよ」
「怒るなよ……」

 伸元はわたしの肩から落ちてしまったコートを拾い上げて、そのまま立ち上がった。

「そろそろ時間だ……いつものところまで見送るよ」
「……うん」




#title by まほら
(原題:〈もう夢をみない朝に〉)
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