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*series執行官2(+常守/霜月/六合塚)
新しい執行官が配属されたばかりの一係は普段に増して堅い雰囲気だ。朱ちゃんと霜月監視官の二人が一緒にいるときは、いつだって険悪なムードが漂っているけれど。
弥生さんと必死になって階段を登り共にビルの屋上の扉を開けたときには、すで事件は解決していた。
『対象を保護しました。皆さん、一階のロビーまで降りてきて下さい』
目の前に立っている霜月監視官は納得いかなそうな顔をしている。視線の先には、微妙に離れ合った三人の影があった。
「霜月監視官…どうかなさったんですか?」
あまりにも険しい顔で影を見つめているものだから、つい声を掛けると、キッと睨まれる。思わず怯んでしまうところに、キツい声を浴びせられる。
「福炉執行官、今までどこにいたんですか?あの人の失態は、執行官全員でちゃんと取ってくださいね」
あの人、と言うときに宜野座さんのほうを指差して、靴を鳴らしながら先に階段を降りていってしまった。
「余計なとこに触れたわよ、あなた」 隣に立つ弥生さんが呆れたように言う。
「…やっぱりそうでしたよね?」
「福炉」
声のした方を見ると、こちらへと歩いてくる宜野座執行官と、二係の青柳監視官。その隣に二係の執行官が一人だ。
「宜野座さん!」
いつもの癖でつい手を振ってしまうと、軽く手を上げて返してくれる宜野座さん。
「お疲れさまでした。…青柳さんも」
「…ええ」
わたしがそう言えば、青柳さんは少し微笑んで先に階段を降りていった。その後ろに続く執行官にも軽く会釈をすれば、軽く頭を下げて返される。
「じゃあ、わたしもお先に」
「あ、待って弥生さん……」
引き留めようと手を伸ばすけれど、振り向いてはくれずに、先に行ってしまう。
強く風が吹く屋上に、宜野座さんとふたりきり。
なにか言わなければ。
そう思って口を開こうとしたとき、ひときわ強く風が吹いた拍子にわたしの肩まで伸びた髪を巻き上げた。
「わ、」
声を上げて同時に軽くよろめいてしまうと、宜野座さんの左手が咄嗟にわたしの身体を支えてくれる。
一瞬、グローブ越しの感触に、心臓を潰されたような感覚がする。
「大丈夫か?」
「あ…ありがとうございます」
「…ああ、すまなかった」
宜野座さんはわたしの顔色にすぐに気が付いて、そっと手を外す。
そのしぐさが、その瞬間の彼の顔がとてもせつないように思えてしまって。わたしは、咄嗟に外された手を掴んだ。
「福炉…?」
「ぎのざさん、」
宜野座さんを見つめれば、驚いたように目を見開いた。それもすぐに元通りの穏やかな表情に戻って、わたしの手を握り返してくれる。
「降りよう。常守たちが待ってる」
宜野座さんは繋がれていないほうの手で、わたしの頭を撫でた。素直に頷けば彼の笑う気配がする。
名前を呼ばれて顔をあげると、予想に反して困った顔をしていた。
「繋ぎ直してもいいか。…俺も、どうにもまだ慣れていなくてな。こそばゆいんだ」
この手を離してしまったら。
どこにも行かないと言ったはずなのに。
厄介ごとは男の仕事だと言った、最後の言葉も。
わたしの名を呼ぶあの男の子の姿も。
彼らのように、まるでどこかへ行ってしまうような気がして。
「ごめんなさい。もう一年以上経つのに、あまり忘れられなくて」
気持ちはゆっくりと、しかし確実に階段を降りて行く途中でわたしが口を開けば、宜野座さんが息を飲む気配がした。
言葉にするのは久しぶりだ。してはいけないようにも思えた。実際わたしたちの間で具体的に話を掘り返すこともなかったし。
しかし触れてはいけないというわけでもない、とわたしは思っている。
「…別に福炉だけじゃない。俺もあの頃の日々を一日だって忘れることはない。多分、これからも永遠にな」
その言葉に今度はわたしが黙ってしまうばかりだ。
顔は見れないけれど、少し前でわたしの手を引いてくれている宜野座さんが、一体どんな顔をしているのかだなんて想像はつく。
「今俺たちが出来ることは、過去を振り返ることよりも、これからを生きることだ。そうだろ?福炉」
宜野座さんと触れ合ったところが、ぬるく熱を持っている。手のひら同士は、わたしの指を絡めとるように繋ぎ直される。
思わず顔を赤くしながら彼の顔を見つめれば、やさしい目をしてわたしを見上げた。
それが、遺された人間の使命でもある。
すまないが、俺は言葉には出来ない。
でも今こうして生きている。それだけがすべてだ。
ぐんと手を引かれて、返事をしようと開きかけたくちびるは、宜野座さんのくちびるによって塞がれる。
そうしてまた何事もなかったように大人っぽく微笑んだ彼の顔を見てわたしは、薄暗い空間の中に靴音と胸とを高鳴らせていた。