私が運命としたもの(2)


*series執行官5 宜野座視点

 主不在の部屋で、帰りを待っていた。

 彼女の部屋にある窓から、雪が降っているのが見える。内装のすべてがホログラムとはいえ、リアルな風景だ。ちらちらと舞う様子を見ていたら、いくぶんか、気持ちが安らいだ。

 任務の一環で凪は今日、霜月監視官と共に矯正施設収容へ行ったあと、親父の墓に寄ると聞いた。
 霜月を連れて行くのか、と聞いたら、凪はそうだと頷いた。素朴な言い方ではあったが、最近の彼女は、以前より遥かに霜月監視官を好ましく思っている。
 ……もしかすると、監視官の方が、かもしれないが。


 凪が"お気に入り"というソファに座り、部屋を見渡すと、様々な色が目に入る。カーテンの青、カラーボックスの赤、黄色のボックス……その隣に並ぶピンク色のフィギュアのような置物には、見覚えがあった。
 棚の上に置かれた近寄り、じっと見下ろすと、どこで見たのか……。しばらく考えてから、は、と気がつく。
 以前、執行官として在籍していた、縢秀星の私物ではないか?

 彼が居なくなった頃、俺は犯罪係数が上昇、サイコ=パスと悪化と共に更生の見込みなしとされた。
 あの麦畑から、一係に復帰するまでの間、どんなことがあったのか。時々聞いてはいたが、彼らの荷物の行方までは知らない。
 もし残りのメンバーが処分をしていたならば、縢と親交の深かった凪の部屋に、私物があるのは当然だ。

 あの頃の記憶が、この部屋にあるんだな……。
 そう思うと、いつも二つの感情が胸につかえる。
 『また置いていかれるのではないか』という恐怖。そして、二度と、凪にも、『そんな思いをさせてたまるか』という戒め。


「俺は、俺が……」



「俺が、どうしたの?」

 いつの間に解錠された扉の前に、凪が立っている。

「ただいま戻りました……霜月さんが上がっていいって言うんで。思ったより早かったでしょう?」

 お待たせしてすまみせん、と言い凪は上着を脱いだ。おかえりと言うと、彼女はなぜかひっそりと笑っている。帰ってきたばかりだが俺は、先程から気になっていた事を尋ねる。

「実際に、外は雪が降ってるのか?」
「まさか。この"部屋から見える外"だけですよ……今日の天気、ニュースで見てません? ちょっと寒いけど、良い天気ですよ」


 白いシャツとストッキングを脱ぎ、中途半端にラフな姿になったところでやっと、凪は俺の元に来る。

 古い作りのソファはホロではなく、実物らしい。二人分の体重を支えるために、年季を重ねた音色でぎしりと鳴った。凪の肩を抱くと、素直に身を寄せてくる。露出した部分の冷えた肌を指で擦る。

「見てる人の、想う景色……が見える窓ですよ」

 少しだけ顔を見合わせて、俺のデバイスを、もう片方の手首を掴んで勝手に操作させている。彼女が表示したかったのは、今日の俺の色相らしい。続けて凪自身も表示する。お互いに、少し淀んだ色をしていた。

「まさか。雪なんか、しばらく見ていない」
「そう?」

 顎を上げ、喉を晒した凪は、無防備に唇を開いている。
 肩をなぞりながら、じっくりと凪の顔を観察する。驚いた様子はない。ただその色を眺めては、俺の肩に頭をもたげた。何か言いたいように開いては閉じる口元。

「……。」
「凪、墓参りはどうだった?」
「……霜月さん、ああいうところに行くのは久しぶりだって。ちょっと緊張してたかな」
「そうか」
「……彼女、知ってたんだね」


 俺と、征陸の関係のことだろうか。伏し目がちな表情からは、正解を汲み取れない。

 考えてみれば霜月監視官も、あの男──槙島の犯行により身近なひとを失った被害者の一人で、そういった意味で俺とは立場が近い。

「監視官という職務は……色々なデータベースにアクセスする権限があるし、機会が多いんだ」

 人間は都合良く解釈することのできる性質を持っている。

「わたしは、霜月さんのこと信頼してる。だから、過去の一係のことはきちんと知ってほしいと思ってた。ただ、自分の口から説明する手間が省けただけで……」

 悪い記憶でも、簡単に捻じ曲げる。そうすることで、自身を死の縁から遠ざけ、精神を守るのだ。

「不快に思ったのか?」
「ううん。そうじゃないの……ただ、"知ってる"ことが、不思議な気持ちになった……それだけよ」

 言い聞かせるような口調で、凪は ただそうなのよ、と繰り返す。

 寒い時期になると、少しナイーブになるのは、お互い様なので、凪の言い難くしているものが、俺にはありありと想像することが出来た。

 俺の左手に、あたたかい凪の体温が触れてくる。俺は、こうやって繰り返し触れてくれる彼女のおかげで、新しい左腕に、感覚を記憶できている。
 胸のあたりで、凪が囁いた。

「わたしたち、生きて、命を繋いでいくの」


 少し濁った色相を、少しずつ正しくしながら、たまに居なくなった人を想い出す……慎ましく、自分のセオリーに沿って精神を安定させる……
 それがどれだけ幸福で、むずかしいことか身を持って知っている。

 ふと、二人の上司──とりわけ、霜月監視官に感謝した。
 俺には、目の前のこの女性がいないと、とても正気を保てない。
 こうして早くに俺の元へ返してくれたことに、とても感謝している。


 お前たちがいなくなってもう何年。数える事はもう、とうの昔に、辞めてしまった……。
 そうすることで……俺自身が、正気を保つことができるから……。

 左側に触れるあたたかさを引き寄せて、強く包み込むと、そのやわらかさに、俺の体の至るところ総てのおおよそ部分が熱くなる。

「凪……好きだ」

 福炉凪

 悲しみとあたたかさに触れる度、弱くなるのに、君という人がいるお陰で、すこしでも強くあれるのが不思議だよ。





#title by 夜にたねまき
(原題:〈わたしが運命としたもの〉)
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -