私が運命としたもの(1)


*series執行官5


 あなた達がいなくなって、もう、何度目かの冬になる。


 共同墓地はところどころ、陽が入るように設計されているけれど、全体的にひんやりと静謐だ。
 ここは、いなくなった人を弔うための、自分と向き合うための雰囲気と時間が流れた場所。だからか、訪れるたびに自然と、穏やかな気持ちになれる。
 時々、宜野座さんが常守さんと共に来ているのを知っているけど、最近は時間を作るのが難しいのかもしれない。思ったより、墓石は汚れていた。
 水道で汲んできた水をかけ、しっとりと濡れた石についた汚れを撫でるように拭き取って見せる。霜月さんは不思議そうな顔をしていたけど、すぐに手慣れた様子で清掃をしてくれた。その様子を、二、三歩後ろから見守った。

──久しぶりです。会いに来たよ、智己さん。

 生前、一度も呼んだことのない彼の名前を、心の中で呼んでみる。彼は目を丸くして笑うだろうか。照れ隠しに、髪をないまぜにしてくれるだろうか。

──今日はね、会わせたい人を連れてきた。わたしたちの新しい、若くて、賢明で、厳しい上司なの。

 清掃を終えた霜月さんと目が合う。桶とタオルを受け取って、代わりに花束を渡すと、戸惑いながらも墓石の前に置いてくれる。彼女は、お酒や駒があるのを面白そうに眺めていた。



 オートモードのハンドルがゆらゆらと揺れる様子を、窓に頭を押し付けながら見つめていたら、霜月さんが静かに言った。

「こういったところに来るのは久しぶりでした……。あそこ、思ったより暗い場所なんですね」
「現代じゃ、すべてのお墓がこういった施設の中にあるけど……大昔は更地にむき出しで、しかも住宅街の中に突然、集合墓地があったりしたらしいよ……。だから生花を挿したらすぐに枯れるだろうし、今よりもっと掃除が大変だったろうねぇ」
「へぇ。随分と詳しいんですね」
「まぁ、全部受け売りなんだけどさ」

 そう言って笑うと、霜月さんは口を結んだ。頬に散ったそばかすも相まって、少し拗ねたような表情になる。

「その、事故で亡くなったっていう執行官……からですか」
「うん。そうだよ……。彼は……大好きな人の、大好きだった人なの」

 大好きな人、わたしがそう言うと、彼女はピンと来たのか、嗚呼……と座席のシーツに背中を付けた。
 失うことばかりの一係で、誰より波乱な日々を過ごしてきた彼。誰よりも人を思う心と意地がある彼。

「……屈託なく笑う人だった。わたし、元々は別の係にいたんだけど、一係に来た時、たまたますごい忙しい時期だったんだよねえ。短い間だったけど、亡くなった執行官にはよく、お世話になった」
「征陸智己……、データべースによれば、宜野座執行官とは、戸籍上、父子関係にある」

 霜月さんの口からその人の名前を聞く日が来るなんて思っても見なかった。だから、すごく、胸に響いた。不思議と、嬉しい気持ちになった。
 心の何処かではずっと、彼らの輝きを知ってほしい気持ちがあったのかもしれない……。

「そう……征陸さん……。あとね、縢……っていう子もいたの。そういえば、今のあなたくらいの年齢だったなぁ」
「カガリ……ああ。常守さんが時々、話してます……。あとは……例の、狡噛元執行官のことも……」
「え……そうなの? なんて……?」
「毎回同じような話なんで、覚えちゃったのよ。あの先輩、酒に強いくせに、極たまに酔うと本当にタチ悪いわ……」
「へぇー。わたしもその話、聞きたいなぁ」

 甘えるように言うと、舌打ちでもしそうなくらい眉を寄せた。あ……、めんどくさいって顔に書いてあるね、分かりやすい子……。
 それでもじっと見つめていると……霜月さんは負けてくれた。
 そうして、常守さんが定型文のように唱えるというエピソード達を、こっそり話してくれた。

 常守さんがいつも話すのは、事件のことではなくて、一係と刑事部屋で過ごした日常のうちの思い出なんだって……。
 忙しい時でも、縢くんが料理を作ってくれたとか……、それで狡噛との間を橋渡しをしてくれたんだ……とか。
 たまに、わたしと宜野座さんの話もしているらしい。二人は、惹かれ合う運命だったんじゃないかなぁ……って。そして征陸さんも、それを知っていたんじゃないかって。
 だからわたしとギノさんが一緒にいるのを見る眼差しが、いっとう優しかったって。

 弥生さん達のことも時々話しているみたい。自分にはない世界観を持ってる上に、強い。同じ女性として、羨ましい……って。

「はぁ……何泣いてるのよ、福炉執行官」
「ぐず……だって……、嬉しいのよ。常守さん……こんなに強い人になって……もう思い出なんて置いてきちゃったかと思っていたから……」
「やれやれ……本当にめんどくさいんだから……」

 早く帰りたい……そんな雰囲気を醸し出しながら、ティッシュを差し出す霜月さんは、やっぱり以前とは変わった。
 ギノさんも、出会ったばかりの頃はこんな感じだったなぁ……って……、霜月さんを見ていると、やっぱり重なってしまう。

「好きだなぁ」

 言葉がつい、溢れてしまった。
 霜月さんは、わたしの濡れた顔を見て、はあって大きな溜息をつく。

「前から思ってたけど……貴女『達』見てるとなんだか……全身がかゆくなるのよね……」
「達?」
「──はあっ? 何、寝ぼけてんのよ。貴女と、宜・野・座・執・行・官!」
「ええ? なんで、急に宜野座さんが出てくるんですか!」
「貴女も、宜野座さんも……ほんっと迷惑なのよ。ちょっと無理すると、いつも危ないだの、気を付けろだの……!正直、めんどくさいのよね……。わたし、貴女達の子供みたいで何か……何ていうか、とにかく!むず痒いのよ!!」

 なんかものすごい独白を聞いたような気がする……。わたしと宜野座さんの子供……?
 って、そこじゃなくて。そんなことを霜月さんが思ってるってことだ。

「わたし、そんなうるさいかな?」
「……自覚ないのが一番キツいんですけど」
「ご、ごめんなさい……」

 霜月さんは唇を尖らせて、拗ねている様子だった。覗き込むと、不貞腐れた子どもみたい、愛らしい表情で見下されてしまった。


 公安局の地下駐車場に戻ると、霜月さんはわたしを置いてささっと歩いて行ってしまう。
 と、思っていたら、くるりとこちらを向いた。


「執行官、貴女、このまま上がっていいわよ」
「え……?」


 霜月さんは、左手をひらりと振りながら、笑った。

「今日、大事な人達の命日なんでしょ」





#title by 夜にたねまき
(原題:〈わたしが運命としたもの〉)
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