しあわせアレルギー


*劇場版ネタバレ(series執行官4)
※劇場版SS.1後。ご注意願います



 ──ですね。福炉執行官が、通販なんて

 廊下で荷物を受け取ったでのあろう霜月さんが、刑事部屋の入口から歩いてくる。音楽を聴いていたから、前半部分が聞き取れなかった。

「何ですって?」
「珍しいですね、って。貴女、いつもは買い物に行く時は、外出許可を申請してるから」
「あら、よく知ってくれてるんですね」

 からかうと、彼女は途端に口をつぐんで、目が細くなる。頬に散った、可愛らしいそばかすも相まって、少女のような表情になる。

「あのねえ、執行官の世話をするのも、監視官の仕事なのよ」
「ふーん。世話、ねぇ……。管理じゃ、ないんだ?」

 数年前の霜月さんなら言いかねないような突き放すワードを選んで挑発する。だって、最近の霜月さんは何故だか、構いたくなって。
 霜月さんはニッコリ笑顔を作って、わたしが座るデスクにずどんと音を立てて荷物を置き、そのまま監視官のデスクへ戻って行った。
 思わず乾いた笑いが出ると、隣のデスクで傍観していた須郷さんが言う。

「福炉、彼女をあまりからかってやるなよ」

 指摘しているようでも、思うところがあるのか、言い方は普段よりずっとやわらかい。わたしのような者と一緒になってやいやい言わないところに、須郷さんの大人の魅力を感じる。

「はぁい……。でも須郷さん、最近霜月さん、ちょっと変わったって思いません? 前より柔らかくなったというか……」
「ああ……それは分かるが……。執行官との接し方が、以前より格段に良くなったというか……」

 わたしたちは自然と小声で話した。
 先日、霜月監視官は初任務を大成功させたから、その成功体験が要因になっているのだろうか。宜野座さんによれば、霜月さん、現場ですごく頑張っていたらしいから。

「それで? 何を買ったんだ」

 須郷さんは包を見て、首を傾げる。
 特に何も返さず、フフンと笑っていると、訝しげな視線で見られただけで、それ以上詮索されることはなかった。

 出動もなく当直が終わると、すぐに連絡を入れる。履歴の一番上にある情報を選択すると、すぐにコール画面に切り替わった。

「もしもし、お疲れ様です。今から少しだけ、会えませんか?」


***

 執行官宿舎の廊下へ戻ると宜野座さんが待っていてくれた。壁により掛かり、両手を擦り合わせていた。いつも魅力的な目付きは俯きがちで、眠たそうな様子を越えて、虚ろになっている。


「ぎのざさん!」


 近付いて声をかけたら、目を合わせて、優しく微笑んでくれた。

 自然に部屋に上げてくれるのが、今日はありがたかった。腰掛けるとき、先程監視官から受け取った包をソファに置くと、宜野座さんは一瞥したけど、特に何も言わない。
 用意してくださった紅茶に口を付けて、宜野座さんを窺う。

「眠そうなのに……待っていてくれて、ありがとう」
「いいんだ。俺も会いたい気分だったから」

 甘くて素直な言葉がむずがゆい、けど、うれしい。それでも、吐露する内容からは、漂う疲労感を強く感じ取ってしまった。
 この前のサンクチュアリでの事件から数週間しか経っていない。怪我の治療でしばらく任務から離脱していたのも相まって、報告書が山積みなんだろう。
 あの事件は、色々と全代未聞だったから。何年も書類作成している宜野座さんですら、文章に書き起こすことが難しいのは、無理はないと思った。

「そんなお疲れのギノさんにね……、プレゼントがあるんです」

 そう言って脇に置いた包を差し出すと、ん? と口の端を上げた。

「何だと思う?」
「さあ、何だろうな。少し重いが……」

 不思議そうに受け取る反応がすんごくかっわいくって、ふふと笑っていると、急に頬をひと撫でされた。びっくりして顔を引くと、今度は宜野座さんのほうが余裕そうに笑うからずるい。

「先に礼を……ありがとう。君から貰うなら何でも嬉しいよ……さ、じゃあ、開けさせてもらおうかな」

 性格なのか……包装を一つ一つ、丁寧に開けている。中身が見えてくると、少し分かったようなのか、お、とつぶやく。

「コートだ!」

 宜野座さんは立ち上がり、両手でトレンチコートの肩を持って、頭の高さまでかがげた。
 昔はよく黒いコートを羽織っていた。それが最近、〈あの人〉みたいなカーキの、お洒落なものに変えたから、思い切ったイメージチェンジだなと思って見ていたのに。
 まさか本人もこんなにすぐ買い換える羽目になるとは思っていなかったのか、事件後しばらくは昔のコートを羽織っていたのを見ていたら、無性にプレゼントしたくなって。
 それにしても、こんなに喜んでくれるの?

「この前の事件の時に、汚しちゃったでしょ? 気に入ってたのに、かわいそうで……。いつもありがとうのプレゼントです」
「……嬉しいよ、凪。本当にありがとう」

 宜野座さんはソファの背もたれにコートを置くと、飛びつくようにわたしを抱き締める。タンクトップからむき出しになった義手に頬を押し付けると、ひんやりとした感触が火照った頬に気持ちいい。
 ……と思ったら、すぐに離れて、トレンチコートを手にしては眺め始めてしまう。

 なんか……、誕生日プレゼントを貰った時の、幼いこどもみたい。
 小さい頃の宜野座さん、可愛かっただろうな。かなり昔、宜野座さんが気まぐれで見せてくれた写真の記憶を引っ張り出す。あたたかな家族写真。
 その時ばかりは、宜野座さんの持つ過去を、羨ましくも思った。


 まだ夢中な様子の宜野座さんに向かって、ねぇ、宜野座さん!ひとつお願い……
 そう声をかけても、ん? とは言うけど、視線はコートに向いていた。

「そのコート……今、着て見せてくれないかなぁ?」

 すると彼はぱっと明るくなって、もちろん。と、歯を見せて笑ってくれた。

「シャツは着たほうが良いか?」

 言われたから宜野座さんの格好を眺めた。今、上はタンクトップに下はスラックスの格好だもんね。このままトレンチコートを羽織ったら……うん、変態になっちゃうから、外には絶対に出ていけない格好。でも室内だし、わたしたち以外に誰もいないから、まぁいいか。

「いいよ、わざわざ。すぐに着たいでしょ?」
「じゃ、失礼……」

 そう言って宜野座さんはまだ形のしっかりした裾をひるがえした。
 前のコートの馴染んだ良さには劣るけど、うん……思ったよりいい感じ? サイズも通販なので悩んだけれど、だぼついてはおらず、スタイルの良さを引き立てている。
 何よりも、昔〈彼〉が着ていたものにそっくりだ。

 宜野座さんがまだ嬉しそうに笑ってわたしを見るから、わたしも自然と頬がゆるんだ。

「うん!とっても、似合っているよ」



 次の日、シフトのため刑事部屋に行くと、霜月さんが出てくるところだった。

「あ、霜月さん、おはようございます」
「おはよう……貴女達、何かあったの?」
「はっ?」

 霜月さんはマグカップを片手に、刑事部屋の中を親指で指しながら、つまらなそうに言った。

「あの人も、朝からだらしなく笑ってるから」

 指された方を見ていると、わたしの横をすっと通り抜けていく霜月監視官。あれ? なぁんか、また微妙な距離感が出来たような……。
 少し寂しく感じつつスライドをくぐると、雛河くんがすぐに気付いて、会釈をしてくれた。

「おはようございます、凪さん」
「常守さん、お疲れ様です!」
「ふふ、凪さんたら」

 挨拶をしただけなのに……常守さんは笑って、そのまま宜野座さんの方を見た。『何か良いことがあったんですね』、そんなふうに思っていそうな眼。
 自分のデスクに近寄り、須郷さんと目を合わせた。口を開こうとしたら、先に宜野座さんに声をかけられた。

「おはようございます」
「おはよう福炉、出勤早々すまないが、この報告書の空欄を今日中に埋めておいてくれ」

 この、とモニターを指差しながら宜野座さんが提示するのは、先日の事件の報告書。やっぱりこの作業に悪戦苦闘しているらしいのは合ってたみたいだ。
 宜野座さんのデスクを肩越しに見つめて、はーいと返事をしてふと、自分の置いた手の部分──宜野座さんの椅子の背──を見ると、あのトレンチコートが掛けられていた。

 ああ、と思ったのと同時に宜野座さんが口を開いた。

「今度は、綺麗に着ないといけないな」

 眉をぴっと上げて、自信に満ちた表情で言うので、こっそり耳打ちをする。

「宜野座さんになら、何度だって贈るよ」





ーーー

 デスクに戻ると、今度こそ須郷さんに声をかける。

「お疲れ様です。須郷さん」
「やぁ。……昨日の荷物は、そういうことだったんだな」

 須郷さんまで宜野座さんの方を窺っては、笑っている。

「なんで、みんなそう思うんですか?」
「貴方もあの時の彼を見たら笑うよ。室内だっていうのに、コートを羽織って出勤するんだから」

 宜野座さんの宿舎だけ、空調が壊れているのか? そんなふうに思ったそうだ。それを聞いたら、おかしくてちょっと笑ってしまった。ついでに、昨日の下着の上に羽織って喜ぶ宜野座さんも思い出してしまって、吹き出しそうになるのをあわてて抑えた。
 そんな葛藤を露知らず、須郷さんは話しかけてくる。

「そういえば今朝は霜月監視官の機嫌が悪い」
「あー……やはりですか? わたしもさっき、邪険にされました……」
「今までのツケが回ってきたか?」

 そもそも福炉も、何でそんなに執拗に構うんだ。

 雑談をしながらもずっと端末で入力していた須郷さんが、ふと指を止めて、尋ねてくる。
 さすが執行官というところか、鋭い。痛いところをついてくる。気分もいいので、素直に答えた。

「単純に、かわいいから? っていうのもありますけど……その、似てるんですよねぇ、あの子。昔の宜野座さんに……」
「あー……はい。ごちそうさま」

 小さく溜息をついて、呆れたような素振りを見せて、須郷さんは作業に戻ってしまう。
 会話が聞こえたのか、弥生さんまでが珍しく視線を寄越して、わたしに笑いかけてくる。
 なんだなんだ。みんなして。

 まさか、宜野座さんにまでこの会話が聞こえていて……、気まずい思いをしていることは……、もちろん、この時のわたしは気が付いていなかった。




#title by まほら
20190128
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