たまには休息も大切


※宜野座執行官と一係(常守/六合塚)
※常守視点


「ギノさん」

 女性の、落ち着いたアルトが刑事課一係のフロアに響く。私は重く何層にも積み上げられた捜査資料の隙間から覗くと、凪さんが隣のデスクの宜野座さんに声をかけたようだった。

 彼女はすでに先日に起きた事件の報告書の提出を済ませており、さらに他の執行官の穴を埋めるべく六合塚さんと手分けして雑務も手伝ってくれているので(しかもお二人から申し出てくれた。申し訳ない)勤務中の私語くらい、咎めるつもりはない。
 むしろ階級は変わってしまったものの、また同じ職場で勤務することとなった宜野座さんとのやりとりを見てみたいという好奇心がふつふつと沸き立つ。タイミング良く霜月監視官は席を外しているし、と自分に言い聞かせ、聞き耳を立てた。

 しかし肝心の宜野座さんは対応することなく、頬杖を付き、少し頭をもたげながら、モニターと対面し続けている。
 凪さんは紙の書類に何かを書き込んでいるようだったけど、その手を止めて、うつむき加減で口を開いた。

「昨日の夜の当直…変わってくださってありがとうございました」凪さんはやわらかく言葉を続ける。「何だか昼間の任務があと引っ張っちゃって…」

 遠目から見ても、しゅんと項垂れた様子だ。監視官のころから凪さんを特別可愛がっている宜野座さんは、いつも落ち込む彼女の頭を撫でていた。執行官の狡噛さんと取り合っていた凪さんの頭だ。その撫でが、今回はないのだろうか。

 手が伸びてこないことを察したのか、凪さんはふっと顔を持ち上げ、「ギノさん?」と彼の方を見やった。
 途端、彼女の目が綺麗に弧を描く。それはどこかで見たことのある表情で、私は思考を巡らせた。──後に、唐乃杜分析官の悪戯な笑みと似ていると気が付く。
 凪さんは申し訳なさそうに笑いながら、口元に手を添えている。

「ギノさん、ここタイプミスしてますよ?」

 半笑いの凪さんの呼び掛けにも対応しない宜野座さん。わざわざ指を指してまで指摘しているのに、宜野座さんは微動だとしなかった。凪さんはそんな宜野座さんを見て、またいつものように優しい目で笑った。
 どうにもおかしい様子である。


 私がその訳を知るのはその数分後であった。 凪さんが話すのをやめたことで再び静かになる室内。鳴り続くファンの音に眠気を誘われつつも、報告書をまとめあげ、ファイルを保存しようとすると、どうやら記入漏れがあるようでエラー表示が点滅する。この事件は昨夜起こったものだから…宜野座さんに直接受け渡したほうが早く済みそうだ。

「あの…宜野座さん」

 自分のデスクから、かつて狡噛さんのだったデスクに構えている宜野座さんに声をかけるが、この静けさのなか大きな声を上げるにはなかなか勇気のいることだった。自然と声が小さくなってしまう。
 ファンの音にかきけされてしまっただろうか。

 誰よりも先に気付いてくれたのは長髪の執行官だ。
 宜野座さん?と目線で聞かれ、私は頷く。小さく息を漏らしながら、六合塚執行官は椅子のキャスターを滑らせた。

「──宜野座さん、監視官がお呼びです」

 トンと触れた背中は、まるで崩れかけのジェンガ──という旧世代の木製の玩具──のように、ゆらりと大きく傾き、ドタン!と大きな音を立ててデスクの上に、宜野座さんが散らばる。
 その光景を目にしていた私と六合塚さんは、目と口を開いたまま静止してしまう。先に我に帰ったのは執行官だった。

「ぎ、宜野座執行官! 大丈夫ですか」

 横に座る凪さんはいつの間にか音楽プレイヤーを耳に付けていたので、視界にうつりこむ慌てた六合塚さんの様子で現状に気が付いたようだ。ぎょっとした目で宜野座さんを見下ろす。

「ど…どしたの」
「六合塚さんに宜野座さんを呼んでもらったんですけど…その…ちょっと触れたら、宜野座さんが…」
「執行官、生きてます?」 冷静さを取り戻した六合塚さんは他人事のように言う。
「とりあえず眼鏡…あ、眼鏡はないんだ」

 顔を伏せた宜野座さんの前髪をつまみ上げた凪さんは残念そうだった。

「でも、さっきから居眠りしてたよね」
「えっ?!」 常守は声をあげてしまう。「あの、宜野座さんが?」

 うんうん、と激しく頷く凪さん。「しばらく頬杖つきっぱなしで、痺れてないかなって思ってたとこ」
 そう言って笑う。「ギノさんが居眠りなんて…珍しいねえ」
「本当ですね…監視官の頃は居眠りなんて…そんなこと絶対あり得ませんでしたから…」
「色々落ち着いてきたころで、疲れが出てきたんでしょうね」
六合塚さんは皆さん分のコーヒー取ってきます、とフロアから出て行く。

 凪さんと自然と顔を見合わせる。まだおかしくて笑っているようだった。

「すごい音しましたよ、さっき」
「腫れたかな? というか、まだ起きないの。すごいね」
「あの衝撃でも…宜野座さん、意外と石頭なんでしょうか」
「ほんとー…あ、そういえば前に征陸さんがさ!ギノさんが、焦って判断ミスしそうなときに──」
「ああありました!宜野座さんの首の根っこを掴んで──」
「凪、監視官も。コーヒーどうぞ──」



 こうして霜月監視官と他の執行官が戻ってくるまで、刑事課一係に待機中の女三人は、宜野座執行官に関しての話題に花を咲かせるのであった。

──宜野座が既に目を覚ましているとも知らずに。



20140812


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