03


「ねえ、どうする?今日は泊まってくでしょ?」
「あ、臨也。その事なんだけど」
「んー?」


結局何も言い返せないまま食事が終わって。

情けないけど、外じゃ厄介者扱いされる臨也にも、わたしからしてみれば惚れた弱味。
せめて、一緒にいるときくらいは穏やかでありたいのが本音。
でも、言いたいことは言わなければ。


ソファでくつろいでテレビを見ている臨也を後ろから覗く。そのまま突き出された唇が、わたしのと触れた。
彼はそのまま耳元で呼吸をして、囁くように言った。


「久しぶりにさ、しようか」
「ね。話聞いてよ、臨也」
「はあ…………はいはい。なぁに?」
「あのね。今からわたしの部屋に来ない?」
「行かない」
「なんでよ」
「あのさ。今俺が言った意味、理解した?」
「だから、どうして来れないの?」
「違う。その前」
「え?」

思い返すより前に、臨也がわたしの背中に腕を回す。
耳元で、クスクス笑う彼の行為に腹が立って、身を捩った。

「臨也!」
「しよって言ってんの」
「やだ、しない。あのね、臨也。わたしの話聞いて」
「知らないよ」

抱き締める力が強くなった。息苦しい。

「俺はこれから君の家へ行って、サイケの口から君のことを性的に見ていて、恋愛対象としてどう思ってるのかって全部、聞かなきゃならなくなるの、いやだね。俺には関係のないことだから」


臨也は言い切って身体を離すと、見つめあう形をとった。
それから、わたしの首に手のひらを押し当てた。
触れたところからじんわりと熱が伝わってくる。ただ、その眼差しは冷たい。

全部知ってるのに驚いた。けれど、当たり前かと思い直す。
いつもそう。このひとは全て知ってる。


臨也の手に自分の手を重ねると、少しだけ紅い目が揺れた。

「サイケはつくられたモノだけど、ふつうの人間と同じだよ。同じように生きて、感情をもって、一生懸命に言葉を紡いでる。 そんな人の感情を、どうして受け入れられないの?臨也が、本当のわたしの恋人だから?」
「じゃあ逆に聞くけど、君は俺とよりあいつとの生活の方がいいって言うの?それとも、どっちが本物の折原臨也なのか、分からなくなった?寧ろ、どっちでも良かった?自分の欲に利用できるなら」

また、欲の話。
臨也はわたしの顔色を見て、また続けた。


「あのさ。クローン人間って聞いたことあるよね?映画なんかでもよく出るような。人工的につくられた人間のことを指してるんだけど」
「知ってる。聞いたことある。だけど今、その話と何の関係もない」
「浪江の所の人間達があいつを創造したんだよ。寝ている間に俺の細胞を勝手に接種してね。ま、浪江は反対してくれたらしいけど。そりゃあ、ああまで似るし、同じ人間に惚れるはずだ。俺のクローンなんだから」
「何言って……」
「サイケはホログラフィーなんかじゃない。生身の身体をもつ人間≠セよ。ただし残念なことに、戸籍も名前も存在しない、この世にいてはいけない実体だ」
「じゃあ、サイケはどうなるの」
「うーん。今頃、矢霧製薬の連中が君の部屋に行って、あいつのことをどこかに連れてってるんじゃないかな。」

矢霧製薬?矢霧……矢霧って……ああ、あの、浪江さんの勤めてる会社。
そんな……。サイケは、この世にいてはいけない。

喉までかかった声は、発せられることなく消えた。



サイケは、もういない。

待ってるって言ったじゃない。何時でも、あの部屋で。



気が付いたら、ソファの裏にお尻をついて座り込んでいた。

真っ暗な視界でも分かるくらいに臨也がすぐそばにいて、わたしの背中に手のひらを当てて、時おり擦るように動かした。
臨也の低い体温が、わたしの涙のストッパーを呆気なく外した。

泣きじゃくるわたしに、彼は優しい声色で囁いた。

「君を傷付けることはしたくなかった。俺の予想を越えて肩入れしてたみたいだからさ」
「……だって、いざや、あ、あっ、あの子、すごい可愛くて、うう……世話焼きで……、いつも優しくしてくれて、あんないい子が……なんで……」
「好きだよ」
「え……?」
「凪ちゃん」

顔を上げる。
そこにはいつもの臨也。


「オレ、さっき言ったじゃない。待ってるって。もう忘れちゃったの?」
「いざや、やめて。こんなひどい、冗談」
「黒ってさ。なーんかいかにも悪人って感じしてオレ、好きじゃないなあ。臨也さんのセンスを疑うね。凪ちゃんも思わない?」
「臨也じゃないの?」

臨也は、とびきり優しい顔をして、言う。

「うん、そう。オレだよ」


***

「ヒドイねぇ臨也さん。実の彼女を騙すなんてさぁ!」
「騙してない。実験なのは変わりないだろ」
「ふぅーん……クローン人間の話までして、オレのふりまでして、嘘じゃないなんて言い張るんだ」
「あの子は賢い性格だけど、クローン人間の知識なんて持ってないからね。後腐れなく、お前との生活を終わらせたかったし」
「クローン人間ってさあ、クローンとはいえ人間だし、生まれた時は赤ん坊なんでしょ?始めからこんな成人として産まれてくるわけがないじゃない。よく考えれば分かることなのにねえ。 ま、いいや。オレとしては、死んでしまったことにしてもらって構わないよ。彼女の寂しそうな顔は、毎日同じ部屋で、嫌というほど見てたんでね。もう見飽きた」

見飽きた?たった一週間のくせに。すべて分かったような口を利くこいつが憎い。
漂う殺気を察したのか、サイケはご機嫌をとるように言った。

「短い夢を見せてくれてありがとう」
「ふん。ただの人工知能が、調子に乗るな」
「ただの人工知能に彼女をマジで取られそうで、焦ってたのは誰かなあ」
「……うるさいね、君。黙れよ」
「忘れないでほしいんだけど、俺のモデルはアンタだからね」
「うざい」

頬のあたりを殴ってやると、その箇所だけのホログラフィーが崩れた。きっと痛くも痒くもないんだろう。
俺と正反対の純水無垢な笑顔。

俺に、こんな顔してる年頃なんてあったか?
凪は、こいつのどこに可愛さを見出だしていたのだろう。

となりで眠る凪の頭を撫でる。

開発途中のソフト故にメンテナンスをしなくてはならないと浪江に頼まれた。
仕方なく引き離すために凪と会う約束を取り付けた訳だけど、サイケが宣戦布告してくるとは思わなかった。
短期間の間に二人の関係性が変わってきているのは、監視していれば気が付く。
サイケを演じてやれば、凪は思い切り首に抱き付いてきた。俺にだってそんなこと、滅多にしないのに。
嘘で固めた言い訳をサイケのふりをして言えば、臨也≠ェ言うよりも素直に聞き入れた。

この差は何なんだろう。考えれば考えるほどに腹が立つ。


凪を心から幸せにしてやれているかは分からない。別れの日は案外近いのかもしれない。
ただ、と俺は思う。
彼氏の特権だなんて鳥肌立つような言葉は使いたくはないが。


「だからさぁ、まあ、今回はその事を教えてくれたお前に感謝してるよ。サイケ」

日々一番近いところで凪のそばにいてやれるのは、他でもない、俺だけだ。


朝が来たらきっと俺は言うだろう。同棲しませんか、と。
怒られるかもしれない。昨日の今日で、と殴られるかもしれない。
でも、その痛みもすべて俺が受け入れるから。


「ホントに好きなのは、俺だけでしょ?」


抱き締めてやれば寝返りを打ってくる。
覗きこんだ凪の寝顔は、さっきよりも微笑んでいるような気がした。





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