01


「あ、の……」

目の前に広がる光景が信じられない。パニック!と頭の中でちかちかと赤いライトが点滅しているのがよーく分かった。だって、それらは視界にまでちかちかと白黒と影響を与えているのだから。

「いざや、」
「あ……凪……」

わたしのベッドの上に寝そべったまま振り返った黒いファーコート。赤い瞳に薄い唇、白い肌に映える艶のある黒髪は、まぎれもなくわたしの恋人の臨也なわけで。
そしてそこにはもう一人、白装束の臨也がいた。


「あーっ!凪ちゃん、発見っ!」

白い臨也はベッドから飛び降り、ドタドタと大きな足音を立ててわたしの側へ駆け寄ってくる。
それからわたしの両手を取ってぶんぶんと縦に振る。

「あのね、俺、サイケデリック臨也!長いからサイケでいいよ!よろしく!」
「あわ、え、あ、さいけでりっく……?」
「だからぁー、サイケでいいってば!」

ばしーん!!と肩を叩かれる。
無防備に手を握ってきたり、わたしの身体を叩いたり、普段の臨也からは考えられない行為だ。

「えとー、で、そっちの臨也?」

混乱する頭でベッドに寝そべったままの黒い臨也を見た。黒い臨也はくつりと喉で笑った。

あ、このしぐさ。
わたしの知っている臨也。


「そ。本物は俺だよ」


***


「それで、なんなの?この子は」

わたしの腕にひっついてる白い臨也を横目で見る。本人はわたしの迷惑そうな目付きにも全く物怖じせず、(というか気付かず)にこにこと笑っていた。
正面に座ってゆったりと足を組んでいる本物の臨也は、コーヒーに口をつけて、真顔で一言。

「そいつはね、幻覚だよ」
「幻覚?」
「簡単に言うとね。今俺達は、高技術で投影された映像を見ているのさ」
「投影された映像?」

もう一度白い臨也を見下ろす。

投影された人間にしては肌や髪の毛の感じがリアルすぎるし、第一に、わたしの腕に巻き付く彼の腕の感触は、映像ではなく本物だ。

「試しに触ってあげたら?サイケも凪に興味あるみたいだし」
「……」

臨也の言葉に吊られて、白臨也の色白ーい手を軽く握れば、「きゃあ!」と可愛らしく声を挙げた。

「凪ちゃんてば大胆だなあ!臨也さんの目の前で、いいの?」
「いいもなにも……」
「おいサイケ、調子に乗るなよ」

白臨也の黒髪にも指を差し込んでみる。
すると白臨也は気持ち良さそうに目を細めた。

(……何かペットみたいで可愛いかも)

それから人差し指を寝かせて頬を撫でてみたり、臨也以上に艶のある黒髪を摘まんだりと一通りしてみたところで、しばらく黙っていた臨也が口を開いた。

「どう?凪」
「え。どうって何が」
「それ、君にあげようと思うんだけど」

「……それって、これ?」


うん、と頷く臨也。

わたしの隣では沢山のハートマークがあっちこっちと飛び散っている。

「臨也さんっ!良いんですかー?!」
「あげるって言っても、お前の管理はこのまま俺がするけどね。君を出すのは俺が凪の部屋に来たときだけだよ。凪の恋人は俺だからね。そこを勘違いされたら困るなぁサイケ」
「うわぁーい!嬉しいなぁ。もーう、臨也さんたら。そんなこと分かってますってー!だってえ、オレは臨也さんの下僕なんですから☆」


下僕?!

わたしが二度目の混乱をしていると、白臨也が潤んだ瞳でわたしを見上げた。
「あのね凪ちゃん。オレ、臨也さんみたいに頭は良くないから、難しい説明は出来ないけど……オレは臨也さん達の幻覚なんだ。
だから臨也さんが設定した人たち以外にはオレの姿は見えないんだよ。
オレね、今ね、臨也さんとナミエと凪ちゃんがともだちなの!
凪ちゃんは、サイケと仲良くしてくれる……?」


「……………………」



すぐに言葉が返せなかったのは、ひとつに、臨也と顔も声も瓜二つな白臨也……サイケが、普段臨也が到底言うことのない台詞を、彼の顔で、声で、つらつらと述べているということ。


そして、仲良くしてくれるかという問いかけに、どう答えたらいいのか分からなかったからだ。

多分だけど、この口調からしてサイケの精神年齢はそう高くはないはず。
身内に年下や仲のいい後輩がいないわたしにとって、この青年をどう扱えばいいのか、手に終えなくなってしまうかもという不安が過る。


「断ったら怒る……?」


そう呟いて臨也へ目を向ければ、臨也は驚きからだろうか。目を見開いた。


「珍しいね」
「うん。自分でもそう思ってる」
基本的に女は男の言うことを聞くものだ。というのがわたしの理論で、──臨也はそんなことしなくていいと馬鹿にするのだけれど──実際に臨也の頼み事を断ったことは数えるくらいにしかない。
(まぁ、頼み事と言っても、会う日付をずらすだとか、すっぽかされても怒らないとか、そんなようなこと)


だから臨也も驚いたのだろう。

わたしが、頼めば基本的には受け入れてくれる女だということを経験で知っているから。


「えぇー……」


臨也よりもサイケの方が先に態度に示してる。
すっかり凹んで、ソファの上で膝を抱えてしまった。


「俺の部屋に置いておきたいんだけど、浪江が煩くてねぇ。凪がよかったら、と思ったんだけど」


そこで臨也が言葉を区切って、いやらしく笑った。


「俺の頭脳以外の能力はコピーしてあるからさ。夜のお伴もしてられるよ」


……呆れて、本当に何も言えなかった。



---

「おっはよー!今日の天気は曇りのち雨、最高気温は18度!薄手のカーディガンと折り畳み傘は必須だよーっ!」


 耳元でかなりの大声。強制的に目が覚める。恋人の声に一瞬なぜここにいるんだと思ったけれど、すぐに気が付いた。
 そうだ。こいつは臨也じゃない。


「おはよ、凪ちゃん」
「んぅ、サイケ……?ご近所迷惑だから静かにしようね……」


 なんだか良い夢を見ていた気がしたのに勿体ないな。二度寝して、続きを見たい気分。
 そんな思いがを脳裏でちらりと掠めるのと同時に、サイケが寝巻きの裾を引っ張った。

 多分、サイケは無自覚のうちにわたしの心や頭の中を読み取っているのだと一緒に過ごすうちになんとなく感じていた。

 ピンク色した2つの瞳に、寝ぼけたわたしの顔。何度見ても、やっぱり顔は瓜二つ。


「凪ちゃんってば!はーやーくぅー!歯を磨いてご飯を食べる!いつも乗ってる電車が来るまであと 15分18秒、17、16、15……」
「ええっ!!」


 がばっと布団を押し上げて飛び起きれば、サイケは首を傾けてニッコリと笑った。


「うっそぴょ〜〜ん☆ 今日は土曜日。会社はお休み!ゆっくり過ごそうね!」
「……もう!サイケ!怒るよ?土曜日は昼過ぎまで寝るんだっていつも言って……」

「19時に新宿、今夜臨也さんと夕食。忘れたの?」



 正直、忘れてた。


 19時からなのだから、昼間で寝てもいいじゃないか。此処は新宿まで遠くないのだから。
 と、言ったところで意味もないのだろう。
 結局サイケがこうやって起こしてくれなかったら、すっぽかしていたかもしれない。多分あり得ないけれど。

 でも、まだ、朝の9時……


 もう一眠りと考えたのを読み取ったのか、サイケはいやらしく唇を舐めていた。ベッドに片足を上げて、少し体重をかけてくる。


「……無理やり、目を覚めさせてあげることもできるけど?」
「……分かった。分かった、起きるから……だから離れて、サイケ」
「ええっ!ざんねーん。凪ちゃんのためを思ってだったんだけどなあ。……あ、トイレ?一人で大丈夫?オレも一緒について行こうひゃっ……」
「いらないって」


 サイケの頬に触れ、軽くつねる。むぅと膨れる頬を今度は指で潰してやった。

 そのあともしつこく起きろと催促してくるので、仕方なく言われるがままに洗面台へ向かった。

***



 サイケが我が家にやって来て二週間とちょっとの時が経っていた。

 結局、いつもの流れで断り切ることが出来ずに預かった謎の生命体。臨也は映像だって言ってたけど、わたしが見た限りではサイケは本当に人間に近い動きや言葉を発していた。

 わたしの低い生活力にプログラムが対応したのか、三日も経てばサイケもただのオカンだ。サイケが来てからは、おはようからおやすみまで、色んなことをサポートしてもらっている。

 ただ悪い気はしないのは、やっぱりサイケと臨也と重ねてしまうから。


 そんな長所だらけのサイケにも、欠点はある。ひとつ、抑えて欲しいのは。


「サイケ」
「なにー」
「サイケを、黙らせるボタンってないの?」
「何言ってんのさ?そんなの無いよ。ないない」
「だってサイケ、朝からいつもうるさいんだもん……」
「ええー……ひどい。でもねえこればっかりはオレに言われてもなあ……プログラミングしたのは、臨也さんだからねえ……」


 サイケがふわ〜っと宙に浮いてカーテンを開けに行った隙に、さっさとコーンフレークに牛乳をどばとば注ぐ。


 わたしは料理がニガテだ。人のためならまだ良いけれど、自分のために作るとなると、どうしても面倒臭さが勝ってしまう。
 そんな生活のほうが長いから、自分のリズムがある程度決まってるのを、栄養がどうとか、自炊しろとか色々言われるのが嫌なのだ。

これがなかなか、結構うるさい。


 案の定キッチンへ戻ってきたサイケは顔をしかめたけれど、珍しく、特になにも言わなかった。おや、と思ったけど黙っていた。
 サイケは食事を摂る必要がないから一人分の朝食だ。


 真っ白なブイネックのTシャツ姿のサイケは、向かいの椅子に座っている。
 頬杖を付きながら、器用に片眉を動かした。


「凪ちゃんはそーんなにオレのこと、うるさいなあって思ってるんだ?」
「心の中を読まないで」
「否定しないのぉ? ふぅん。残念」
「おしゃべりな所は、臨也とおんなじなんだね」


 嫌がるかと思ってそう言ってやる。

 するとサイケは嫌がるどころか驚いたように目を丸くして、ふにゃりと笑った。


「そうだよ〜。臨也さん、仕事が忙しいと凪ちゃんに構ってやれないじゃない?いつもそれを申し訳なく思ってるみたい。
だからオレは、臨也さんの代打なの」


 ……何か今、凄いことを聞いた気がする。

 言い返さずにいるとサイケはやれやれ、というジェスチャーをした。


「ま、オレばっかじゃなくってアンタが来いよ?って感じだけどさ……」


 伏せられた目は、なぜか、寂しそうな、気がして。


「そんなことないよ。サイケのことも今はちゃんと大事に思ってる」


 なぜだか咄嗟に言っていた。
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