異国の地で


 *劇場版ネタバレ(series執行官3)



 朝が来た。
 目が覚め、見覚えのない天井に此所は公安局でないということを気付かされる。昨晩の出来事を一瞬思い出すのに苦労するほどには、ぐっすりと眠ってしまったらしい。こんな異国の地にも関わらず。
 隣のベッドで眠っていた弥生さんの姿は既になく、荷物も無くなっている様が目に入った途端にわたしは飛び起きた。
 今、何時?
 急いで身支度をしていると、デバイスが鳴った。

『おはよう……起きた?』
「おはよう雛河くん。あの、たった今起きて……」
『そう……じゃあ準備が終わったら、建物の外に……』
「うん、分かった。ありがとう」

 通信を切ると静寂が訪れた。しびれるような身体のだるさに逆らって身を起こし、首を伸ばして窓の外を見れば、久しぶりに直視する太陽の陽が眩しくて目をそらす。昨晩と打って変わって、辺りは嘘のような静けさだった。
 入るときには大して気に留めなかったけれど、此所は大きな建物らしい。もう一度外を見やると、先に見えた大きく広がった階段があり、驚く。そのところに、常守さんが腰かけてるのが見えた。後ろには宜野座さんが立っている。
 頬杖をついて遠くを見つめる常守さんは、これだけ見れば少女のような可憐さを纏っているのだけど、自分の信念を貫くとなると平気で無茶をする、まるで狡噛のようなひとだった。
 いや、狡噛に似てしまった、という方が正しいのかもしれないけれど。
 背中を伸ばして、外の光を見る。こんどはちゃんと空を見た。快晴だ。


 広すぎる館内に迷いつつも建物の外へ出るとすぐに、見覚えのある背中があった。背筋の伸びた立ち姿に、一瞬、あの人と見間違う。此処にいるはずのない、わたしの大好きだったひと。
 振り返った顔はわたしの姿を捉え、それから微笑んだ。その顔には、そのひとの面影がよく出ていた。

「起きたか」

 ふわりと風が髪を撫でるのと同時に、宜野座さんの手のひらがつむじのあたりに触れた。

「うん」
「よく眠っていたらしいな。六合塚が呆れていた」
「ひどいなあ」
「成人している女性にしては随分幼い寝顔だ、ってな」
「それ、からかわれてるってことだよね?」

 そういうことになるな、とからかうように宜野座さんが言うので膨れてみる。
 宜野座さんは右手を挙げた。向こうには一係の面々が揃ってる。

「待たせてごめんなさい」
「いや、いいんだ」

 ここだけ切り取るとまるでデートで待ち合わせをする恋人同士のようなやり取りだ。事務的なやりとり以外の言葉を交わすのはいつぶりだろう。昨日も一昨日も、遥か昔のことのようでうまく思い出すことが出来ない。
 並んで階段をおりてゆく途中、ふと、宜野座さんが足を止めた。

「宜野座さん?」
「……ああ……悪い。改めて、とんでもないところまで来てしまったなと考えていた」

 そう言って目を細める、宜野座さんの視線を追った。
 高く広い空、眼下に広がる古い造りの階段、ゆったりとした大きな建物。たしかにわたしたちの暮らす所にはないものばかりだった。
 人間として、こんなに自由の効いた生活をするのは久しぶりだ。

「どうなるんだろうな……この国は」 宜野座さんがぽつりとつぶやく。
「さぁ……でもこれで狡噛もやっと……テロリストでも、猟犬でもない。ただの野良犬になれるのかな」

 宜野座さんは何も言わなかった。言わずに微笑んで、わたしに腕を差し出した。

 行こう。

 穏やかな顔で囁くこの宜野座さんの顔を、かつての同僚たちは想像出来ただろうか。
 その腕に左手を添えて、ゆっくりと足を踏み出す。

ギノのことを頼んだぞ、福炉

 どこからか聞こえた旧友の声に、もう未練はない。
 わたしたちはただ歩き出す。元いた世界へと。
 わたしたちの、生きる役割を果たすための世界へと。

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -