影山飛雄の場合

「SOS」
それだけが書かれたメールが俺の携帯に届いたのは部活の前のこと。差出人は今日、まだ会っていない彼女の苗字さん。今日会ってないけどどうしだんだろうか。俺は気にせず「これから部活なんで部活後に用件伝えてください」と返した。

部活後、また携帯を見ると苗字さんから返信が来ていた。
「死ぬ 家来て」
死ぬ、ってなんだ。自殺、という言葉が頭によぎる。まさかあの苗字さんに限ってそんなことは、ない。ない、はずだ。いや、けど死ぬって。
「菅原さん、苗字さんって今日学校来てましたか?大丈夫でしたか?」
俺は焦りを感じて菅原さんに聞く。すると菅原さんはきょとんとした顔をする。
「苗字なら今日は休みだけど」
「え?し、死んでないですよね!?」
「は?風邪で休みだよ。どうした?」

一通り話すと菅原さんは笑った。
「風邪でだるいって言ってるんだよ。死ぬってのは、なんていうかそういう表現?」
「え、じゃあ大丈夫なんですか?」
「うん、けど家に早く行ってあげなよ」
「う、うす」
心配なのに変わりはないけど本当に死ぬとかじゃなくてよかった。俺は安心した。そしてスポーツバッグを持ち上げて急いで苗字さんの家へと向かった

チャイムを鳴らしても返事が無い。俺はまたチャイムを鳴らす。住宅街にピンポンという音が響く。
「……?」
試しに苗字さんの家のドアノブに手をかけてみる。すると見事にそのドアは開いた。なんでドア開いたままなんだ。まさか本当に何かあったんじゃ、と思い靴を脱ぎ捨てて急いで家の中に入る。
「苗字さんっ!?」
家の中に響き渡るような声でそう言うと、奥のほうで音がごとんと音がした。そして苗字さんの声が聞こえる。俺は急いでそちらに向かう。そこはリビングだった。そして苗字さんはソファにいて足下には天然水のペットボトルが落ちていた。そして苗字さんは俺を見ると口元を綻ばせる。
「影山君、来てくれたんだ」
「死ぬ、なんてメール貰ったら誰だって行きますよ」
「もしかして影山君、私が本当に死んじゃうかと思った?」
少し意地悪そうに笑う苗字さん。図星で否定はできなかった。
「別に関係無いですよ……で、風邪のわりには元気じゃないですか」
苗字さんは笑いながら、先ほど床に落ちた天然水のボトルを拾い上げる。その動作はのろのろとしたものでは無くて、普段の生活みたいだ。
「影山君が来てくれたから元気になったよー……っていうのは嘘で」
一瞬、信じた俺がばかみたいだ。本当にそうだったら嬉しくて今頃顔を赤くしているに違いない。そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、苗字さんは楽しそうに笑う。後輩いじりをして楽しそうだ。
「うーん、昼は本当に死にそうだった。あと影山君に死ぬってメール送ったときも」
「そうですか……じゃあ帰ります」
俺が帰ろうとすると苗字さんは俺の服を掴む。構わず進もうとするとまた強い力で引っ張る。この人、元気じゃないか。
「待ってよ。私、一日中、一人で風邪のときに一人ってけっこう辛いんだよ?寂しかったし。だから一番、好きで頼りになる影山君を家に呼んだの」
だからもうちょっと家いてよ、と上目遣いで言う苗字さん。わざとらしい仕草で本人も自覚しているのだろう。それでも可愛かった。
「……少しですから」
「やったー!影山君と一緒にいられる」
俺が言うと苗字さんは喜んで嬉しそうに笑う。さっきのわざとらしい感じじゃなくて本当に嬉しそうだった。うぬぼれ、とかじゃなくて俺がいることで本当に嬉しそうにする苗字さん。すぐ帰ってやろうなんて思っていたがそんな彼女を見ると帰るにも帰れない。
「今日影山君と全然話せなくてすごいつまんなかった。だからたくさん話そうね!あとキスしよ」
「は?」
今、この会話の流れでなんでキスしよなんて言い出すんだこの人。話についていけない。やっぱり苗字さんは風邪をひいているのだ。俺が動揺してかたまっているというのに苗字さんは笑うだけ。
「だって今から話しても話したりないと思うし、だからキスで埋め合わせ。いいでしょ?」
「いや、風邪うつるんですけど」
俺が必死に否定すると苗字さんは余裕そうな笑みで話す。
「さっき影山君帰ろうとしたからもう私のこと風邪ひいてないと思ってるでしょ?」
だから良いでしょと言って苗字さんは俺の襟を掴む。そして引き寄せられる。
「ちょっ、待てっ!」
バランスが崩れ、焦りを感じて先輩とか忘れて命令口調になる。しかし命令口調になったところで苗字さんは引っ張るのを止めるわけがなく、そのまま唇同士が重なる。それは本当に一瞬だった。それなのに感触は確かに唇に残っていて、苗字さんの顔を見ると急に恥ずかしくなってしまう。
「それにさ、馬鹿は風邪ひかないんだよ」
「このやろっ……」
「先輩には敬語ー」
余裕そうな笑顔を崩してやる。そんな気持ちで俺は苗字さんの頭の後ろに手を回して逃げられないようにする。そして余裕そうな顔をつくる、その唇に自分の唇を触れさせる。すぐ離して、さっきの苗字さんの笑顔を真似てみせる。すると苗字さんは赤くなりながらも笑う。
「何その笑顔」
まさか笑われると思わなくて「うるせえ」なんて暴言をはく。しかし苗字さんは笑うのを止めない。だからもう一回、口を塞いでやる。今度はさっきより長く。口を離すと赤くなった顔で睨んでくる苗字さんがいた。
「影山君のくせに、生意気な……」
俺はもう一回、キスをした。余裕そうな表情を崩した苗字さんは可愛かった。
「風邪ひいたみたいな顔になってきましたね」
そして俺はその赤くなった顔を見て、次こそは余裕そうな表情をしてやった。

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