黒尾鉄朗の場合

「ふ、ふぇ、くしゅんっ」
「お前、それで今日、何回目のくしゃみだ」
名前は鼻を啜って目を細めながら「わかんないよ、そんなの」と言ってまたくしゃみをした。黒尾はそれを見て呆れる。
「最近、ずっとそんな調子で今日は特に酷いじゃねえかよ。学校休めばよかっただろ。今日はすぐ帰って、寝ろ」
「学校休めって言ってももう授業は全部終わっちゃったし、課題いっぱいあるから寝れないよ」
名前は眉を下げながらそう言うと咳をする。それを見ていると黒尾は心配になる。今、こうやって喋れているけれどもどことなく足取りはふらついている。それにいつもより元気が無い。
「名前、今日は一緒に帰るぞ」
「え?鉄朗部活あるでしょ」
「終わるまで保健室で寝てろ」
「え、でも……」
名前が言い訳をしようとすると黒尾は名前の手を掴んで引っ張る。
「保健室行くぞ」
「嫌だよ……保健室の匂い嫌い」
「じゃあ俺の上着被ってろ」
駄々を名前がこねるものだから黒尾は掴んでた手を離して上着を脱ぐ。それを見た名前は目をぱちぱちとさせてからすぐに唇をとがらせる。
「私が鉄朗の匂い好きだと思ってるの?」
「好きじゃねえの。彼氏の匂い」
「……嫌いではない」
熱のせいか照れているのか、名前の頬がほんのりと赤くなる。
「好きって言えよ」
「嫌い」
頬を赤くして伏し目がちに言う名前が可愛くて、黒尾はついにやける。そして脱いだ上着を肩にかける。黒尾よりもかなり小さい名前の体はすっぽりと隠れる。
「おー彼上着?」
「鉄朗臭がするし大きい……」
名前はまた鼻をすすりながらそう言う。そんなふうに文句を言いながらも名前は黒尾の上着に腕を通してしっかりと前をとめる。スカートもすっかりと隠れてしまって、まるでスカートを履いていないように見える。目にある意味で毒だと黒尾は思い視線を下にずらさないようにする。
「じゃあ保健室いくぞ」
「……はぁい」
不機嫌そうな声で名前は言って黒尾の後ろについていく。黒尾は相変わらずふらついている足取りを見てまた手を掴んだ。

部活が終わると黒尾はすぐ着替えて保健室へと向かう。名前がちゃんと寝ているかが心配だ。
保健室にはまだ先生が残っていた。
「あ、黒尾君。苗字さんならまだ寝ていると思うよ」
「あざっす。あのカーテン開いて良いですか」
「あー……女子の寝てるところは見ちゃ駄目かも。私が聞くから待ってて」
先生はそう言うとカーテンの中に入っていった。
「苗字さん、起きれますか?」
「ん、む……ぅん、はい起きれます」
カーテンの中からは二人の会話が聞こえてくる。名前の少しだるそうな、寝起きの声が可愛かった。
「黒尾君、来てるけど入れても大丈夫?」
「え、てつろ……はい、大丈夫です!」
俺の名前を聞くと声のトーンが少しあがって驚いているようだった。
「黒尾君、入って良いわよ」
俺は待っていたその言葉を聞き、カーテンの中へと入る。ベッドの上には上半身だけ起こして笑う名前がいた。さっきまで寝ていたせいで髪が少しぼさぼさ。それで紅い頬。可愛い。
「鉄朗、ちゃんと寝てたよ。ふぇっくしゅっ」
寝ていただけでは風邪は治らない。また可愛らしいくしゃみをする。ついついにやけてしまう。
「黒尾君、私ちょっと職員室行ってくるから。私が帰ってこなくても苗字さん連れて帰っていいわよ。苗字さん、気を付けて帰るのよ。明日、しんどかったら学校休みなさい。じゃあ、さようなら」
先生は気を使ったのかそう言って保健室から出ていく。
「さようなら」
そして二人きりの保健室になる。とは言ってもやましい気持ちなんて抱かない。#名前は病人だし。
「じゃあ帰るぞ」
「うん」
名前は布団から出て床に置いた上履きを履く。
「スカートぐしゃぐしゃになっちゃった」
「気にすんな、アイロンかけろ」
「……鉄朗ってどっちかって言うと、お母さんだよね」
急に名前がそんなことを言うものだから固まってしまう。当の本人はへらへら笑っている。これは、熱に浮かされていると考えてもいいのか。俺はお前の彼氏だぞ。
「保健室行かせるときも、さっきだって。あ、けど鉄朗は男の子か」
そう言うと名前は考えはじめる。
「じゃあ良いお父さんになりそう。私、将来が楽しみだな」
ふふ、と可愛らしく笑う。それって、将来、結婚するってことかよ。多分、こいつ気付いてないな。俺は一人顔を赤くしている。その返事はできない。ある意味、プロポーズのその言葉に。将来、言ってあげるか俺から。
「鉄朗も顔赤いけど熱?」
「あーお前のせいだ」
「お大事にねーふ、ふ、ふえっくしゅ!」
そしてまた名前は可愛らしくくしゃみをする。
「お前がな」
「へへ、じゃあ帰りますか」
「おう」
そして俺達はどちらからともなく手を繋ぎ帰路についた。

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