10
私達は初めて会った日から徐々に親しくなっていった。及川君は美術室へたまに来て、会うと話してくれる。そのたびに私はどきどきして、嬉しくて、心のどこかが痒いようなそんな気分になった。しかしこれが恋だなんて私は思わなかったのだ。
「俺、今日、告白された」
及川君が二人きりの美術室でそう言ったことがあった。確かそれは1年生の学園祭の辺りだったと思う。その日、私は学園祭で展示するための絵を黙々と描いていたのだ。
「また?良かったね」
私はその言葉に何の思いもわかなかった。及川君はそれまで何度か告白された、と言っていたがその時もそうだ。だから私は及川君のことを好きだとは思わなかった。友達としての好きの感情。きっと恋愛としての好きの感情ならば告白されたなんて聞いたら独占欲が走って、私は普通の気持ちでいられないと思う。及川君は私が良かったね、というといつも一瞬黙る。それが何の意味を持つかはわからなかったが及川君が少し寂しそうなのがわかった。
「ありがと」
及川君は軽そうに言う。そしてまた口を開く。
「苗字ちゃん、俺ね今回の子とは付き合うんだ」
いつもとは違うその言葉。いつもなら「まあ付き合わないけど」なんて言って笑ってみせた及川君が「付き合う」と真面目な顔で告げてきた。その瞬間、胸が痛むような何かに掴まれているような感覚がして上手く笑えなくなる。
「そ、っか。おめでとう」
言葉につまり、一言短いものしか出てくることは無かった。
「その子は女の子らしい可愛い子なんだ。好きなことに対して熱心で」
及川君は嬉しく言うはずのそれを寂しそうに笑って言う。及川君の気持ちが全くわからなかった。不安と焦り。そして及川君が他の子と付き合ってしまったという絶望感が私の心に突き刺さる。
「もう、わかった、から」
途切れ途切れに出した言葉は及川君にとって不快なことだろう。自分の彼女のことを話そうとしたらわかったから、なんて冷たく言われて。しかし私はそれくらいしか言葉が出なかったのだ。
「そっか、じゃあ俺もう帰るね。絵、頑張って」
及川君はそのまま帰ってしまった。しかしその顔には何故か先ほどとは違う、嬉しそうな笑みが広がっていた。その笑顔が好きなのに。それは他の女の子のことを思っているからなのか。答えてほしいけどそんなこと問うことができるわけがない。もっと話したいと思ったけれどもこの気持ちのまま及川君と話せる自信はなかった。そしてそのまま何も言えなかった。及川君が帰ったあとの美術室はいつもの美術室のはずで違うような変な空気となった。
私は及川君のことが好きなのだ。そう実感したのはこの日だ。私は及川君のただの友達だっていうのに及川君に彼女ができると苦しくなってしまう。及川君が告白されて付き合うなんて考えていなかった。だって及川君に彼女ができたらああやって二人だけで美術室で話すなんてできない。それを私は信じたくなくてそんなこと考えなかったのだ。それでも及川君は私のものじゃないから。こんな我侭な独占欲、及川君に見せてはいけない。
「ねえ、及川君。好きだよ。私のものになってよ」
私が及川君の言っていた女の子らしい可愛い子で好きなことに対して熱心な子になれば付き合えるのかな。
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