09
「ねえ岩ちゃん、さっきの子誰?」
さっきの絵を書いていてた女の子がいなくなると俺はすぐに岩ちゃんにその子のことを聞く。真剣にスケッチブックを見ている顔が綺麗だった。そして俺が絡みにいくと困ったようにする顔が可愛かった。恋に落ちた、までとは言わない。ただ気になった。それに自分に熱い視線を向けてスケッチブックに自分のことを、あんな真剣な顔で、描いてくれていた女の子のことが気にならないわけがない。
「あ、お前がいじめてたやつか?」
「いじめてないよ!」
「あんな嫌がってたのにいじめてないって言えんのかよ」
岩ちゃんは不機嫌にそう言う。岩ちゃんは人のこといじめたりすんの許せない人だもんね。けど俺はいじめていたわけではない。ただ小学生男子特有の好きな子にちょっかいを出したくなるみたいな。あれ、俺ってあの子のこと好きなの?俺は考え出す。好きなわけではない。と思う。だって会ったばかりだから。けど好きになる確率は多分高いのだろう。俺が考えて岩ちゃんに返事をしないでいると岩ちゃんから「無視すんな」と叩かれる。
「ちょっとからかっちゃっただけだよ、多分。で、あの子のこと教えてよ。名前とか色々教えてよ」
「お前が女子のことそんな気にするなんて珍しいな」
岩ちゃんは少し驚いたような顔をして一言、「バレー馬鹿のくせに」と付け足す。岩ちゃんもでしょ、と言い返したかったけど言い返したら教えてもらえなさそうだから「お願い!」とだけ言う。そうすると岩ちゃんは面倒そうにしながらも教えてくれた。
「あいつは苗字名前。美術部」
「え、美術部って活動してたの」
「まあ、殆どあいつだけだけど。あとは先輩がたまにくるらしい。苗字は部活できる時間は一人で美術室にこもってる」
だから絵描いてたのか、納得。一人で活動ってよっぽど絵が好きなんだろう。
「で、他には?」
「んー、大人しくて良いやつぐらい?」
「同じクラスなのに全然、その子のこと知らないんだね!」
さっき岩ちゃんが俺にボールをぶつけた後、その子はすぐに岩ちゃんにかけよってた。そのとき少しばかり羨ましさが芽生えて様々な考えが俺の脳には横切った。もしかして岩ちゃんと仲良いのとか岩ちゃんのこと好きなのとか。しかしそんなことは全然無かったんだ。現に岩ちゃんはあの子のことをあんまり知らない。
「岩ちゃん、俺、安心したよ」
「あ?そうか、良かったな」
苗字名前、心の中で名前を呟く。少し恥ずかしいような気分。まずは苗字ちゃん呼びからかな。いつか名前ちゃんって呼びたいな。そんな空想にひたっていると休憩時間が終わる。俺は空想から戻っていそいでコーチの元へと行った。

練習が終わると俺は急いで着替える。
「及川、何か用事あるの?」
いつも騒いでる俺が黙って着替えているとまっつんが聞いてくる。
「用事っていうか」
用事ってほどでも無い。多分、美術室に苗字ちゃんがいるから会いたいなってだけだ。それだけ、で俺は美術室に足を運ぶのだろうか。利益なんて何も無くて、今日会ったばかりの人のために。もしや一目惚れ。
「相手にとっては大事じゃないけど、俺にとっては大事な用事がある」
俺が真剣にそう言うとまっつんは笑って「なんだそれ」と言う。笑い事じゃないよ。だって一目惚れなんて初めてで、そもそも会いたいなんて思うの初めてだし。今までバレー一筋で来たのに。暑さに頭をやられたのか思春期特有の恋の病というものにかかったのか。
「俺、病気みたい」
「お前、何か変だわ」
急におかしなことを言い出す俺にまっつんは馬鹿にしたように言う。
「変に決まってるでしょ。だって俺、病気だし」
「はいはい、まあこんなに喋ってて用事に遅れないようにな」
そういえば、こんな喋っちゃって。俺は急いでまた手を早める。夏だから着替えは簡単だけど短い間が長く感じられた。

美術室の扉をノックする。返事はかえってこない。いきなり入るのもあれかなと思ってノックしたがかえってこないなら扉開けちゃおう。そうっと開けると美術室から冷気が外へと漏れだす。涼しい。室内を見ると苗字ちゃんが机に突っ伏していた。まさか倒れている、なんて思ってかけよる。すると苗字ちゃんからは一定のリズムで呼吸の音が聞こえた。あ、寝てるだけか。安心して胸を撫で下ろす。安心した時に、先ほどのスケッチブックが机の上に乗っていることに気付く。
「あ」
自然に手が伸びる。俺は何の迷いも無く苗字ちゃんの向かいの席に腰を降ろし、そのスケッチブックを開く。勝手に見るなんて悪趣味、と思うものの苗字ちゃんのことを少しでも多く知りたかった。最初のほうのページには木が描かれていた。苗字ちゃん、嘘ついてたわけじゃなかったんだ。そしてページを捲っていると殆どが風景画だった。そして何ページ目かに人物画が描かれていた。それはスケッチブックという小さな紙の中に入っているというのに実に雄大で、まるで現実の感覚そのものを表しているようだった。それが苗字ちゃんが描いてくれた俺の姿だった。サーブのシーンだ。あの子の目に、自分がこんなふうに映っている。幸せで、嬉しくってついにやけてしまう。
「ふふ、ありがと」
この子が起きるまで待っていよう。それでありがとうってしっかり言おう。きっとこの子が起きたら俺はからかって岩ちゃんが見たらいじわるをしているようなものになってしまうんだろう。それはきっと好きだから。ごめんね。けど大好きだからね。そして俺は彼女の眠りが覚めるのをスケッチブックを眺めながら待った。
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