07
思えば私の片思いは高一のときからだ。そのときは及川君なんて誰だろうって感じだ。ちょっと噂で聞くかっこいい人、顔はわからないけどそうとうかっこいいんだろうなって思った。もう卒業してしまった美術部の先輩がかっこいいと言っていたのを覚えている。

とても暑い、夏の日だった。美術室は冷房を効かせていたから外に出ようなんて普通は思わないけど私は退屈だった。夏休みに入り、毎日美術室に通って同じ景色を眺めながら絵を書く。だから外に出ようなんて思った。スケッチブックと鉛筆と消しゴムを手に私は美術室の扉を開く。
「うっ……」
外は思った以上に暑かった。夏休みだから教室に冷房が入っていないせいで廊下は全然涼しくなくて暑い。しかしだからといって美術室に戻るのは嫌だ。私は歩く速度を速め後ろを見ないようにして階段を降りていく。外に出るとたくさんの部活が活動していた。この暑い中、大変だななんて思いながら何を描こうか考える。それにしても暑い。どっか涼しい場所はないのだろうか。

そして見つけた涼しい場所が体育館の石段のところ。木がたくさんはえていて影ができている。体育館の中ではバレー部が活動している。そういえばバレー部強いんだよな。少し気になって私は体育館の中を見学しようとする。体育館の入り口には何故か人が集まっている。それも女の子ばかり。なぜだろうと思ったその疑問はすぐ解消される。
「及川君!」
黄色い声が噂で聞く及川君の名前を呼ぶ。すると茶髪のかっこいい人が手をふる。それに対しても黄色い声があがる。あー、あの人か。確かにかっこいい。その及川君、と呼ばれた人は手をずっとふっていたせいで私と同じクラスの岩泉君に殴られた。
「練習しろクズ川!」
岩泉君ってこんなことする人だったんだ。及川君のことより岩泉君のほうに気をとられる。殴られた及川君とやらはごめんごめん、と相変わらず笑って練習をする。暫くして練習メニューが変わる。サーブ練習、らしい。バレーをあまり知らないけどサーブくらいなら知っている。私はそのようすをぼんやりと眺めていた。岩泉君のサーブは力がある。岩泉君らしい。そして先ほど殴られていた及川君の番になった。ここでもまた黄色い声があがる。しかしここでは及川君は手をふりかえさず深呼吸をした。その顔つきは凛々しいもので絵になる。そしてボールを上にあげるとそのまま飛んでボールを打つ。打たれたボールは綺麗にコートに落ちた。
私はそれに見蕩れた。綺麗。サーブを打った瞬間のフォームもとてもしなやかで、目に焼きついた。私はこれを求めていたのだ。そう思った瞬間、スケッチブックを開いて私は手を進めた。

石段に座り絵を描く。集中していると誰かに声をかけられる。
「何してるの」
頭上から降ってきた声のほうに目をやるとそこには及川君がいた。
「え、あ、ぅこ、こんにちは」
動揺しかしていない。まさか初対面の人に話しかけられるとは思わなかった。そして自分がしていることを思い返しスケッチブックをすぐ閉じる。及川君の絵を描いてましたなんて言えない。
「ちょっと、木を描いてました……」
私は俯いてスケッチブックを隠すようにして持つ。怖い、怖い。及川君もだけど観戦している女の子怖い。
「そ、その早く練習戻らない、と」
「今、休憩だからー。見せてよ。集中して書いてたじゃん」
絶対、こればれてる。及川君は私の心境とは反対の楽しげな声を出しスケッチブックを見せろなんて言う。
「いや、下手なんで、駄目です」
「えー、美術部でしょ?」
「けど下手です……絵、上手くなるために美術部入ったんです」
「じゃあ俺、見てあげる」
「いや、いいです」
何、この人。怖い。諦めてよ、早く。岩泉君呼ぼうかな。けど迷惑かな。そんなことに思考を巡らせる。
「ね、見せて?」
声が頭上じゃなく前から聞こえてきた。まさか、と思い顔を前に向けると及川君が目の前にいた。やっぱりかっこいい。絵になる綺麗な顔だ。一瞬、どきっとしたがそんな気持ちすぐに無くなる。
「え、お、及川さん?」
私が後ろにのけぞった隙に及川君は私のスケッチブックを取る。
「ゲットー」
後ろに音符がつきそうな楽しそうな声。けど全然、私は楽しくない。
「やめっ、やめてください!」
及川君はそのままスケッチブックを私が取れないように高い場所にやって開こうとする。
「本当に、やめてっ!!」
私がそう言った瞬間、及川君は「うぐっ」と言って後ろに倒れた。地面を見ると弾むバレーボールと私のスケッチブック。これは……
「何、苗字いじめてんだ、グズ!」
案の定、岩泉君。お怒りのようだ。
「岩ちゃん!ひどい!合図も無しに!」
「合図もクソもねえよ」
「及川さんの顔が台無しだよ」
及川さんは立つと唇を尖らして怒り出す。するとすぐさまもう一球、及川君の顔にボールが飛ぶ。
「うぅっ!痛い!ひどい!岩ちゃん!」
「おい大丈夫か苗字」
「え、うん!大丈夫!」
私は地面に落ちたスケッチブックを拾い表面についた砂をとる。
「ありがとう、岩泉君。及川さん怖かった……」
「ちょっ、及川さん無視しないでよ!」
「おう、苗字気を付けろよ。こいつクズだから」
初対面の人をクズと言われそうですね、なんて言えるはずも無く私は「気を付ける」とだけ言う。
「じゃあ私、美術室戻るね。練習頑張ってね。邪魔してごめん」
「じゃあな、お前こそ頑張れよ」
私はそして美術室へと帰る。美術室は涼しくて安心する。それにしても及川君かっこよかった。スケッチブックとられそうになる辺りはいらついたけどサーブを打つ瞬間が頭から離れなかった。一瞬で人を虜にしてしまう。すごい人だ。
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