味わうように


「苗字さん」
午前の最終時限が終わると同時に俺は急いで教室を飛び出した。目指すは愛すべき恋人、苗字さんのところ。恋人といっても学年が違う。俺のほうが一つ年下。だから階段をあがらなければ苗字さんのところにはいけないのだ。階段をあがるなんて俺にとっては地獄だ。面倒だし、疲れる。運動部男子が情けないのだが無駄な体力を俺は使いたくなかった。しかし苗字さんに会うというのならば話は別だった。
「あ、英君。今日も来てくれたんだ。ご飯食べよ」
ふにゃっと表情を柔らかくして笑う苗字さんは可愛くてしょうがない。早くこの表情を独り占めしたい。
「じゃあいつものとこ行きますか」
「うん」

いつものとこと言っても体育館だ。ステージ裏にある階段を昇ればギャラリーに行けてそこから体育館を見渡せる。それに窓もあるからけっこう、良い景色が見れる。俺達はいつものようにそこに座るとご飯を食べ始める。
「英君のお弁当オムライス?美味しそうだね」
「……一口いりますか?」
「え、いや、大丈夫だよ。うん」
「そうですか?」
それからもちらちら俺のオムライスを見てくる苗字さん。絶対、ほしい顔だ。
「遠慮しないで良いですよ」
「え、遠慮なんて」
「はい、あーん」
「え、あ、あーん?」
苗字さんが口を開けると同時に無理矢理オムライスを入れる。苗字さんは驚いたようだけれども口の中にオムライスを感じると嬉しそうな顔をした。スプーンだけを苗字さんの口から引き抜くと、苗字さんはオムライスを咀嚼し始める。もぐもぐ、と音が出てそうな感じの食べ方。可愛い。
「英君ありがとう!美味しかったー」
「それなら良かったです」
苗字さんはオムライスを飲み終えると自分のお弁当をまた食べ始める。俺はオムライスを食べ進める。食べている間は俺達は静かだ。すると苗字さんは何かを思いだしたように急に俺のほうを急にじっと見つめてきた。最初、見てきたときはほっといたのだが暫くしてからも見ているものだから何か言いたいのだろう。
「どうしたんですか?」
俺が問うと、苗字さんはいたずらっ子のように笑うと「英君、間接キスしちゃったね」と言った。
「あ……」
そういえば、間接キスだ。オムライスを食べるときの苗字さんが可愛くってそんなこと思いつかなかった。少し変態臭いのだが気づいていればもっとオムライスを丁寧に味わって食べた。何だか悔しい……ちゃんと苗字さんとキスしたい。ゆっくり味わって。
「苗字さん、キス、しませんか。間接じゃなくって直接」
俺はそう言うと苗字さんに顔を近付ける。苗字さんは驚いた顔をしていた。そして焦ったように「ちょっと、待って」と唇の前に左手を持ってくる。
「待てません」
俺はそう一言言って手をどかす。そしてそのまま唇を重ねる。柔らかくて気持ちがいい。苗字さんの手から箸が落ちるのが視界の端っこに映った。多分、いきなりキスしたから怒られるだろうな。けど、今はこれに集中しよう。俺は静かに目を閉じた。
back
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -