あなたのしあわせを守れますように

「名前、起きて」
俺と名前は三年前から同棲している。そして高校一年から付き合い始めて八年。二つの記念日は毎年同日にやってくる。そして今年、やってきた記念日が今日の日曜日だった。
名前は朝に弱い。だから毎朝俺が起こしている。今日も布団を引き剥がしてやる。すると身体をまるめる。
「んっ……」
カーテンを開くと朝の日差しが差し込む。眩しかったのか窓と反対のほうに顔を向ける。
「こっちを向きなさい」
ベッドに乗って彼女の顔を太陽のほうへと向ける。
「眩しい!!やめろ!」
すると彼女は大声をだして俺に抵抗する。
「そんな大声出せるなら起きれるだろ。起きるぞ」
腕を引っ張って起こそうとするとベッドのシーツを握り、離れないようにしている。
「まだ、寝るから!日曜日だし良いでしょ?」
俺はそれを無視して担ぐ。足で抵抗をするがそれほど痛くない。そのままリビングに連れていくとソファに降ろす。すると彼女はすぐに姿勢を整える。やっぱり目はしっかりと覚めているようだ。そんなのをわかっていて毎朝、担いでいる俺は優しいななんて思ったりする。
彼女はこちらに両手を広げる。そして「ん」と唇を出してくる。
「はいはい、おはよう」
俺は彼女の唇に自分の唇を重ねる。頭を撫でてやると嬉しそうに唇をすりよせてくる。唇を離すと満足げに彼女は笑った。可愛くて、愛おしい。
「よし、今日も元気出た!」
そして名前は立ち上がるとキッチンに行って朝ご飯を作り始める。いつもみたいに変な鼻歌をしてご飯を作る。すっかり見慣れた彼女のエプロン姿。同棲したばかりの頃はけっこうドキドキしていた。
俺は朝ご飯ができるまで空いた腹を満たすためコーヒーを淹れる。すると苗字が「私、ココアね!」と言う。
「冷めるからあとでな」
「はーい。いつもより英君優しいね。キスもしてくれたし」
名前は茶化すようにして言ってきた。今日が記念日だからだよ、と心の中で思ったが名前が今日が何の日かわかるまで言わないでおこう。
「それ、勘違いだよ」
「そんなことないよー、絶対優しい」
名前はそう言って「なんかあったかな」と呟く。そしてまた鼻歌が始まる。変なメロディーだ。しかし聞き慣れたそれはすんなりと耳に入っていく。こんなのが聞き慣れるなんて、幸せなのか不幸せなのか。俺はコーヒーを淹れるとソファに座ってそれを飲み始めた。

暫くすると良い匂いが部屋に立ちこめる。
「できたー、英君運ぶの手伝って」
「わかった」
俺はコーヒーをローテーブルに置くとキッチンへと向かう。並んでいる料理を二人でローテーブルに運ぶ。並べ終わると敷いてあるカーペットの上に向きあって座る。そして手を合わせる。
「いただきます」
「いただきまーす」
焼き魚を口に運ぶ。やっぱり美味しい。魚なんて焼き加減さえ間違えなければ誰だってできるはずだ。しかしそれでも彼女の食事は特別だと思う。やっぱり彼女の全てが大好きだ。彼女のほうをちらりと見ると、ご飯を食べながらまだ何があるのか考えているようだった。しかも眉を顰めて。
「変な顔。そんな顔じゃご飯まずくなるよ」
俺がそう言うと名前はこっちを見て、見られていたことに気付いたようだ。
「だってわかんないんだもん。ヒントは?」
「今日、この日」
「今日って……何日だっけ」
そもそもそこからか。彼女は立ち上がるとカレンダーを見にいく。今日の日にちの部分には何も予定が書かれていないものの今日が何日かわかると「あ、今日って」と言う。わかったらしい。
「英君との大事な記念日だねー」
気付くと嬉しそうに笑う。
「だから優しくしてくれてたんだ!英君すごい優しい」
笑うとまた座って、ご飯を食べ始める。また鼻歌が始まった。

ご飯を食べ終わり、今日の皿洗いは俺の担当だから皿洗いを済ませる。コーヒーをまた淹れて、彼女のココアも淹れる。そしてカーペットに座ってくつろぐ彼女に持っていってやる。
「ありがとー」
俺からココアを受け取るとさっそくココアを飲む。熱くないのだろうかと思うとすぐに「あつっ!」と言って舌を出す。そしてココアにふーふーと息を吹き始める。いつもこんなことやっているななんて思いながら頭を撫でると「どうしたの?」とこちらを見る。
「なんでもない」
俺はそう言って、コーヒーを飲み始める。名前のちょっとした仕草とかが見慣れているものになってきたのは嬉しい。俺が彼女と過ごした時間の積み重ねだから。そして積み重ねるには時間がかかる。だからここまで二人で過ごせたのがとても幸せでたまらない。
「今日、記念日だしどっか行くの?」
記念日は毎年俺が名前をどっかしらに連れていく。俺はそれが好きだし名前もそういうことが好きなようだった。
「行くよ」
俺が答えると「どこ?」と目を輝かせて言う名前は可愛かった。いつになってもどこかに一緒に行くときは楽しそうにしてくれる。そんな彼女とずっと、一緒にどこまでも行きたいんだ。そしてもっと積み重ねたい。
俺はコーヒーをローテーブルにまた置いて座っている名前の隣に座る。不思議そうな顔をする名前の顔をじっと見て、静かに唇を合わせた。甘い、ココアの味がした。唇を離すと名前がぽかんとしていた。いきなりキスをされていて驚いているようだった。
「ど、どうしたの?」
「……市役所」
「え?」
「市役所、行こう」
「なんで、市役所?」
彼女は不思議そうな顔をしていた。だから俺はずっとあった、気持ちを言葉にする。これからも幸せでいたいから。
「名前、結婚しよう」
俺がそう言うと彼女はぽかんとした顔をした。室内に静寂が訪れた。
「……英、君」
彼女は俺の名前を呟いて俯いた。そしてココアをローテーブルに置くと両手で顔を覆う。すると嗚咽混じりの泣き声が聞こえてきた。
「名前?」
俺が聞くと彼女は急に抱きついてきた。いきなりのことで後ろへと倒れてしまう。彼女は泣きながら俺の胸に顔を押し付けてきた。
「すごく、嬉しい」
俺は抱き締められたまま、彼女の頭を撫でて彼女の話を聞く。温かい。
「英君、ありがとう。大好き」
「で、返事は?」
「そんなの、決まってるじゃん……」
名前はそう言って俺の上に乗っかったまま俺の目と目を合わせる。そして幸せそうな笑顔で
「ずっと、よろしくね」
と言った。涙を流しながら。
「よろしく」
俺もそう言って、彼女を起こした。そしてズボンのポケットに入っている折りたたんだ婚姻届を渡す。
「これ、出すから市役所行くからな。これ書こう」
名前は涙を拭いながら婚姻届を開いた。そして嬉しそうにして「やっと、だね」なんて言った。そしてそれをローテーブルに置くと、ペンを持ってきて書き込み始める。また鼻歌が聴こえ始める。笑いながら書いている彼女を見るとこちらまで頬が緩んでくる。笑いながらコーヒーを一口、口に含む。
「名前」
「ん?」
名前を呼ぶと彼女はこちらを見る。俺はその唇にまた唇を重ねる。すぐ離すと真っ赤になった名前がいた。
「ど、どうしたの。しかもコーヒー飲んだ後だし……苦い……」
「何でもない。書き終わったらすぐ市役所行くからな」
「え、あ、うん!」
名前は頷くと顔を赤くしたまままた書き始める。可愛くて、愛しい。
「絶対、幸せにしてやるよ」
不意に口に出た言葉に名前は少し恥ずかしそうに笑う。
「ありがと。けど今もすっごく幸せだよ」
そして名前はまたこちらを見る。
「目、閉じてね」
そして次は彼女から唇を重ねてくる。僅かに触れるようなキス。それがとても愛おしいのだ。
「大好き」
「俺も」
とても幸せで、幸せでたまらない。
そしてこれからの幸せが楽しみでたまらない。これから先もずっと彼女の隣で笑っていたい。そして幸せを積み重ねて、守っていきたい。
「これからもよろしくな」
俺がそう言うと彼女は頬を綻ばせて、頷いた。

title:まばたき

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