ずっと隣で笑ってたいよ

練習試合の帰り、バスの中では隣にマネージャーの苗字が座っていた。普通なら選手同士、マネージャー同士で座るのだが俺が苗字のことが好きだからと面白がって先輩達がこの席順にしてしまったのだ。
この席順と知ったときに先輩に「何でですか」と赤くなりながら反論すると苗字が「嫌だった……?」と聞いてきた。少し俯きながらもこちらを見てくる上目使いに「……嬉しいです」なんて言ってしまった。
そして今、そんなこと言ったのを後悔しているわけではない。実際に隣に好きな子がいてとても嬉しいのだ。しかもその女の子と話をして、自分を見て、笑っているのだ。嬉しい。
「影山君とこんなに話せて嬉しい」
苗字は素直にそんなことを言う。恥ずかしくてふっと目を逸らしてしまう。俺も、なんて言う勇気はなくて曖昧に頷く。
話していると苗字の身体が不意にがくりと揺れる。
「どうした?」
いきなりだったため不安になって聞くと少し欠伸をしてこちらを向いた。少し眠たそうな顔をしていた。
「いや、ちょっと疲れちゃって……」
苗字はそう言うとぐっと伸びをして笑ってみせた。
試合をやれば選手は疲れる。マネージャーも色々と仕事をしたりと疲れる。それに苗字はまだマネージャーの業務にそれほど慣れてはいないはずだからけっこう疲れるのだろう。
「疲れたなら寝てもいいぞ?」
「え、いや、大丈夫」
苗字は首を横に振りながら大丈夫と繰り返す。それでもやっぱり疲れてそうな顔だ。
「無理するなよ」
俺が言うと苗字は頷くも「けど、」と言葉を続ける。
「寝顔なんて見せられるものじゃないし……」
苗字は照れたように頭をかいて笑う。むしろ寝顔を見たいなんて思ったのだがそれをぐっと押さえ込む。絶対、変なやつって思われそうだから。
「それに影山君ともっと話したいから」
そして顔を赤くする苗字。胸がどきっとして、締まるような感じがした。自分の顔も熱くなっている。その言葉にどう返そうかなんて考えても思いつかなくて、唇が開いたり閉じたりするだけだった。隣から逃げ出したいのだがバスの中だから逃げ出せない。こういうときどう返せばわからなくてとりあえず小さな声で「ありがとう」と返す。しかしそのやっと絞り出した言葉はバス内に起こった笑い声に掻き消されてしまった。
「今、何て言ったの?」
苗字が聞く。ありがとう、ともう一回言おうとした。けれどもその言葉はありきたりで、好きな人にもっと話したいと言われて嬉しいという気持ちを伝えるのには少し足りないような気がした。
「あー、えっと」
必死に、再度、言葉を探す。俺は頭が悪いからそんなたくさんの言葉を持っているわけではない。ストレートな単純な言葉しか持っていない。
「えっと、お、俺も話したい、です……」
苗字の顔を見ながらは恥ずかしくて言えない。自分の膝に置いた握り締めた拳を見つめながら言う。恥ずかしくて拳が震える。
しかし恥ずかしがる俺を見て苗字は嬉しそうに笑った。そしてまた欠伸をした。やっぱり疲れている。話したいけど疲れている。
「苗字、やっぱり、疲れてるなら寝れば?」
俺がまたそう言うとまた苗字は大丈夫と言おうとする。そのとき、バスが揺れた。苗字は揺さぶられて、そのまま俺のほうに倒れこむ。距離が一気に近くなって鼓動が速まる。
「え、あの、ごめん」
苗字は赤くなって謝る。謝られたけれども正直嬉しかった。俺達はどちらも赤くなって少しだけきまずかった。そして苗字が小さく「やっぱ寝るよ」と言った。
相当疲れていたようで苗字はすぐに寝てしまった。話すのも楽しかったけどこうやって寝顔を見るのも楽しい。それにめちゃくちゃ可愛い。
「可愛い……」
はぁ、と溜息をついて、ついそんなことが口から漏れた。こんなに見れるなんて幸せだ。
そしてなんと運の良いことに、彼女の身体がこちらに寄りかかってきた。電車なんかで知らない人にやられると少しいらいらしてしまう。しかし苗字なら嬉しかった。
距離が縮まってこっちの鼓動が聞こえてるんじゃないかと心配になる。小さな頭が俺の腕によりかかっていて撫でたいのだが起きたら恥ずかしい。けどすごく可愛らしくて落ち着かない。どきどきしながら落ち着くようにと外の景色を見ていても落ち着かない。苗字からは良い匂いがしてそれがまた、どきどきさせられるのだ。そしてその香りがすると少し眠くなる。
俺によりかかる苗字は気持ち良さそうに眠っている。俺も寝てしまおうか。今日は疲れてしまったし苗字の隣でなら寝ても良い。
俺は瞼を落とした。

「起きろー」
バスの中で誰かの声が響く。その声に目を覚ますと烏野高校に到着していた。なんか暖かいなと思うと苗字は俺によりかかったままで俺も苗字によりかかっていた。一気に心拍数があがる。
それに気付くと俺はすぐに身体を離す。俺は寝てそのままよりかかってしまったのか。幸いにも苗字は寝ていて気付いていない。苗字を起こすと「あ、着いたの?」と先程より元気になっていた。少し安心したが、残念な気持ちも少しだけ残っていた。
「良く寝れたー、ありがとうね」
苗字は笑いながら言った。
「ああ、うん」
どきどきしたままで適当な返事しかできなかった。
バスを降りるために荷物をまとめる間も、そのどきどきは消えない。
「ねえ影山君」
急に苗字から声をかけられる。
「なんだ?」
苗字のほうを向くと苗字も俺のほうを向く。そして苗字は頬を赤く染めながら笑う。
「また隣になれると良いね」
最後に良い返事をしたいものだがやはり俺は恥ずかしくて、返す言葉が見つからない。
言葉が見つからないならば、行動でしめせばいいんだ。
俺は苗字を見つめて強く頷いた。そして少し口元を緩めて笑顔を見せてみた。

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