お互い鈍感なんだろう

「研磨さーん」
最近、まとわりついてくる年下の女の子がいる。
俺はそれを無視して急いで彼女をまこうとする。
「待ってください!」
しかしそれでも彼女は追いかけてくる。
「……何」
「別に何でも無いです、けど研磨さんが見えたので」
俺がためいきをつくと彼女は「だ、大丈夫ですか」と大げさな反応を見せる。ああ、面倒くさい女の子だ。
彼女と出会ったのは先週のバレーの試合だ。リエーフがクラスの人に自分のことをエースと言いふらしクラスメイトが大勢来ていたのだ。そこに彼女はいた。試合前には何も無かったが試合が終わって疲れたときには視線を感じていた。
周りを見ると観客席から、一人の女の子が自分に熱い視線をおくっていることに気付いた。
そして帰ろうとする直前、呼び止められる。
「私、苗字名前っていいます。あの、すっごくかっこよかったです」
興奮したように頬を赤らめて言っていた。そのときは突然のことに「あ、ありがとう」としか答えられなかった。彼女はそれを聞くと満面の笑みを見せて「お疲れ様でした」と一礼してどこか行ってしまった。
その次の日の月曜日、彼女はつきまとうようになったのだ。俺を見つけるたびに追いかけるしそれで逃げるのも疲れる。追いかけられることより目立つことが嫌だった。大声で研磨さーんと言う彼女の視線の先には俺がいて、そんな俺を周りは好奇の視線で見てくるのだ。
「研磨さん、次の授業なんですか?」
「体育」
「あ、教室から研磨さんのこと見れますね」
嬉しそうに笑う彼女は悪気は無さそうだけどそれでも声がでかいものだからとてつもなく目立つ。そして嬉しそうに笑う彼女に少しずつではあるがこっちも嬉しくなっている自分に腹が立つ。この子のせいで目立ってるのに何喜んでいるんだろう。
そんな気持ちが顔に出たのか「研磨さん?大丈夫ですか」と言われてしまう。
「大丈夫」
「よかったー、研磨さんが風邪になんかなったら私、心配で死んでしまいますよ」
「何それ」
「だって好きですから」
さらりと、何の考えもなしにそんな言葉を言い放つ彼女。そういえば好きと言葉で言われるのははじめてだとか、この子恥ずかしくないのかとかそんなどうでもいいことばかりが思いつく。そしてすぐに周りの視線に気付く。
「苗字、少しは声小さくしてよ……」
「なんでですか?」
「目立つし、恥ずかしい」
「じゃあ目立たなかったら恥ずかしいことしていいですか」
「それってどういう意味」
彼女はそうして無言になると俺の手を引っ張って廊下の突き当たりまでつれていく。体育に遅れてしまいそうだ。
彼女は立ち止まると俺の顔をじっと見つめる。
そして背伸びして俺の首に手を回す。そして耳元に口をよせる。
「すっごく、好きですよ」
小さく囁かれたそれに首筋の毛が逆立つと、言うか。なんていうか。決して気持ち悪いというものではない。むしろなぜかくせになるような、ときめくような。……こんな自分自身のほうが気持ちが悪いと思える。彼女の目を見ると、いつも自分を見るきらきらとした輝きに満ちた目であった。そんな目にもひかれているわけだ。
自分が彼女に照れてそれを隠したいのか、自分に色んな意味で呆れているのかわからないけどとにかくため息がでた。そして彼女に一言。
「……目立たないからって、何でもしていいわけじゃないから」
「とか言うわりには、照れてますか?」
そんな彼女の言葉に眉を寄せると「本当、研磨さんって表情が変わらないですね」と言われた。もっと照れるように赤くなるかと思ったとぶつぶつ呟かれる。
「俺、体育だからもう行って良い?」
「あ、ごめんなさい!はい、頑張ってきてください。ばっちり見てます」
胸元で手を小さく振る苗字に俺は小さく手を振り返した。すると苗字は嬉しそうにするのだ。俺はすぐ彼女から視線を外して着替えに向かう。時間はけっこうぎりぎり。急がないと。そんなこと思う間に、彼女のことを考えていた。
声を小さくしてよ、じゃなくてだまっててよ、と言えばこんなに彼女のことも考えなかったのだろうか。
緩みそうな頬に力をこめる必要は無かったんだろうか。
……なんで俺はこんなに、彼女の、無駄なことを考えてしまっているんだろう。そうは思っても胸の疼きに異物感は無いのだ。
こんなこと考える前に急いで着替えよう。
更衣室で騒ぐ俺より先にいた男子を追い抜いて俺は校庭へと出る。
授業開始の鐘の音と共に一階の、いつも視線が送られる教室を見る。
そこにはいつも通りに苗字がいた。苗字は鐘の音が終わると同時にこちらに視線を向ける。瞬間、顔には満面の笑みをたたえる。同時に、自分の心臓は疼きを持つ。
小さく自分から手を振ると彼女は驚いたように手を口元にやった。そして頬をゆるゆるにして手を振り返してきた。
こうやって、声が聞こえない距離で笑っていれば可愛いのに。すごく、そう思う。しかしいつものあの犬みたいな感じも嫌いでは無いのだが。

back
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -