くっつくにはまだ時間がかかりそう

私と同じ日直の人は岩泉だ。そして岩泉が私の好きな人であった。
彼は部活が忙しい。それに変わって私は季節によって忙しさの変わる文化部に入っている。そして日直の今の季節は比較的、暇なほうであった。だから私は日誌を書くことにした。岩泉には部活頑張ってほしいし、それに面倒な日誌を好きな人に押し付けようなんて思えない。何より、そこに少しばかり好意をもってもらえればなんていう下心を入っていた。
そうして私は彼に自分が日誌を書くと言った。彼は申し訳なさそうにしていたが私は良いよと言って部活に行くのを見届け、日誌を書き始めた。
放課後の教室は徐々に人がいなくなっていく。それなのに日誌は書き終わりそうにない。外を見ると岩泉が部活に行くのを見届けたときは明るかった外が今では薄暗くなっていて今にも日が落ちそうだ。時間も遅く、もう一緒に帰る人もいないのだろう。殆どの部活がもう終わったはずだ。遅くに一人では帰りたくない。少しくらい雑に書いちゃえなんて思い急いで日誌を書き上げようとする。
するとがらりと教室の戸が開く音がした。まだ帰っていない人がいるのかと思うとそこには岩泉が立っていた。
「あれ、岩泉?」
少し驚き、そのあとすぐこの教室には私と彼しかいないのだとわかった。鼓動が速まったような気がした。
「お、苗字」
「部活はどうしたの?」
「もう終わった。それにお前が日誌書き終わってなさそうだなって思ったから戻ってきた」
「あー……本当に終わってないよ」
図星をつかれ、少し恥ずかしくなる。しかも自分から日誌を書くと言い出してまだ終わってないなんて駄目なやつと思われていそうで心配だ。しかし岩泉は私の前の席に座って私のほうを向くと「俺も手伝う」と言ってくれたのだ。いつもより近い距離にどきどきとしてしまう。
「あ、ありがとう」
けど自分から書くと言い出して終わってなくてあげくのはて、手伝わせるのはどうなのだろうか。迷惑をかけている気がする。
やっぱり岩泉には帰ってもらおう。二人でこうやっていられるのは嬉しい。けどやっぱり迷惑かけてると思うし。そんな迷惑かけてまで一緒にいようなんて思えない。
私は手伝いを断ろうとして口を開く。すると彼は「苗字なら絶対終わってないだろうなって思ってた」なんて言いだした。
「え?」
私が聞き返して彼の顔を見ると彼は子供のような笑顔を浮かべていた。
「お前、前の日直のときも日誌書くの遅かっただろ?けっこう前にこんくらいの時間に教室行ったら丁度お前が日誌書いてるの見えたし」
まさか、見られていたとは。というか岩泉が何気に私のことを見ていてくれていたことが嬉しかったし、それにそんなどうでもいいことを好きな人が覚えていてくれたということが嬉しい。ついにやけそうになって、頬が熱くなりそうだった。
しかしいつも日誌書くのが遅いとばれている。やっぱり私って駄目なやつ認定させられてそうだ。
「私、こういうのいつも遅いんだよねー……」
はぁ、と溜息を吐くと彼はまた笑った。優しそうな感じで。
「それでも苗字はやろうとするから偉いよな。しかも時間かかるっていっても、たくさん書いてるからだし真面目だよな」
その笑顔にどきりとする。顔が赤くなるのを見られたくなくて下を向いて日誌を書く。しかも岩泉がそんなふうに思っていたなんて嬉しい。これって褒めてくれたってことで良いんだよね。やる気が落ちてきていた日誌を書く作業もそんなことを言われたらどんどんやる気が出てくる。
書いていると時折、岩泉がそこはこういうことがあったとか言って、その度にかかる吐息がやけに熱く感じた。そして手が触れることもあって、日誌を書くことがとても幸せで、幸せすぎて心臓が煩かった。

岩泉が来てからやる気も出たし、手伝ってくれたりしてあれから二十分弱くらいで日誌は書き終わった。
「終わったー!疲れたー」
終わると机の上につっぷした。本当に疲れたのだ。岩泉が来てからはずっと緊張していたのもあるし。
「はぁ、ここから家に帰るのか……」
家に帰るの面倒だな。それに一緒に帰る人いないし。岩泉と一緒に帰ろうなんてことは家が逆方向で多分できないだろう。色々考えて机の上につっぷしていると不意に頭を撫でられる。
「お疲れ、先生に提出するから少し休んでろ」
そう言って私の前の席に座っていた岩泉は席を立って先生へと日誌を提出しにいった。
頭を撫でた、あの優しい手は岩泉のものだ。確実に。そうじゃないとおかしいしホラーだ。それが当たり前なのに当たり前じゃなくて信じられなかった。まさか岩泉に触れてもらえるなんて。机につっぷしたまま自分の頭に手を回す。
「…………」
頭を自分で撫でていたらどんどん恥ずかしくなってきた。本当に岩泉に撫でられたんだなんて思って机につっぷすのを止めて恥ずかしさと頬の緩みを止めるようにしてぎゅっと両手を握って下唇を噛んだ。
今日は、嬉しすぎてどうにかなってしまいそうだ。
どきどきしていると教室の扉ががらりと音を立て開く。岩泉が入ってきて「出してきたぞ」と言うと私のほうに近付いてきた。恥ずかしい。目を合わせられない。
私が喋らないせいで妙な空気になってしまう。喋ろうにも言葉が見つからなくて「じゃあ、帰ろうか」という当たり前のことを言ってしまう。
岩泉は床に置いていたエナメルを持ち上げると「おう、帰るか」と言った。
せめて校門までは一緒に帰ろう。どきどきするけど、一緒にいて、このどきどきがなるべく長く続いてほしいから。
私も自分のスクールバッグを持つと彼の横につく。そして廊下に出ると他愛も無い会話をする。授業のこととか、部活のこととかちょっとしたこと。そんな会話なのにどきどきが止まらなかった。
そして校門に近付くにつれて私の歩く速さは徐々に遅くなっていった。もっと長く一緒にいたいから。しかしそれは意識的にでは無くて無意識だった。岩泉が「足とか痛いのか?」なんて聞いてきて初めて気付いた。恥ずかしい。
「全然痛くないよ!ごめん、遅くなって」
私が一人で赤くなって謝ると岩泉は不思議そうな顔をして「痛くないなら良かった」と言った。何、心配してんの。本当、岩泉って無自覚で優しくしてて……大好きだ。
そして校門から出ると道は二つにわかれる。私は左。岩泉は右。
幸せだったけどついにお別れかなんて思って寂しくなる。嫌だな。
「じゃあね、岩泉」
私は手をふって別れようとする。そして思いきって、伝えてみる。告白じゃないけど、少しくらいは気付いてほしいから。
「……岩泉と一緒に日誌書いて楽しかった!岩泉が来たらすごいやる気でたよ。ありがとう」
頑張って、笑顔を保ってそんなことを言う。らしくない、恥ずかしい言葉だ。しかし少しは意識してもらいたい。
「じゃあ、また明日」
私は自分の帰る方向へと向き直って歩き出す。すると後ろから腕を掴まれる。それは岩泉で、掴まれた腕が熱くなるような感じがした。そしてその腕を掴んでいる手が大きくって男の子の、岩泉の手で徐々に心臓が早鐘を打つ。
「俺も楽しかった」
振り返ったら赤い顔を見られそうで振り返らないでいると、後ろからそんな言葉が投げかけられた。
「それと苗字、一人で帰るの危ないから一緒に帰るぞ」
「え、けど岩泉って反対側」
「いいから」
岩泉は無愛想にそう言うと私の腕を掴んだまま私の横を歩き出す。
「私は大丈夫だよ」
迷惑をかけたくなくって必死にそう言う。岩泉と帰れるのは嬉しいけど、だけど岩泉が帰るの遅くなっちゃう。
「俺と一緒に帰るの嫌かよ」
すると岩泉がそんなことを不機嫌そうに言う。
「そんなこと……」
「じゃあ良いだろ。それに」
岩泉はそこで言葉を切ると顔を俯かせて小さく言う。
「好きなやつは守りたいし、好きなやつが一人で帰るっていうのに一緒に帰らない男なんていねえだろうが」
小さい声だし、早口だしそれなのにちゃんと聞こえた。その言葉の意味を理解すると顔が熱くなる。
「は、はい……」
「じゃあ、一緒に帰るぞ」
そのあと、二人で一緒に帰った。二人とも恥ずかしくてずっと赤くなったまま、終始無言であった。しかしそれでも一緒に帰れたことは嬉しかった。
しかも岩泉は気付いていないようだったが腕をずっと掴んだままであった。それを振りほどこうなんて思えなかったし、それにもうちょっと熱を感じていたかったからずっとそうやって掴まれたままにしておいた。
そして私はずっと帰るとき考えていた。あれは、告白であったのだろうかと。どっちにしろ返事をするには恥ずかしくてできないのだろう。いつかちゃんと告白できたら、良いな。もう少しこの距離感を保っておこう。充分幸せであるから。
私はそう思いながらちらりと彼の赤くなった顔を見た。

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