さわさわと風が吹き抜ける丘。名の刻まれた石が並ぶそこを、お気に入りの山吹色の着物をはためかせながら男は歩く。一つ二つ、三つ。石の前を通りすぎ、そしてある石の前でピタリと足を止めた。見つめるそこに彫られているのは、ありきたりな人間の姓。他の石にも同じ姓が彫られているものがあるにも関わらず、男は最初から決めていたかのようにこの石の前で止まった。

「―――どうして来たの?」

と、男に問いかける高くか細い声が一つ背後からかかる。最初から背後に気配を覚えていたせいか、口元に淡い笑みを浮かべた男――湛山は、ゆっくりと振り返った。

「やあ、久しぶりだね」

その場にいたのは、湛山の店に一度やって来て、そして断られた幼い少女―――ユキノだった。彼女はふわり、湛山に近寄った。その体はすでに生を終えている為にうっすらと向こう側が見える。彼女を帰した張本人が、今度はわざわざ彼女を訪ねてきた。理由がわからず不思議な表情を浮かべる少女に湛山は「提案を、持ってきたんだよ」笑った。




「ほん、とう?」
「ああ本当だよ。私は嘘をつかないからねえ」

確かめれば湛山さんは目を細めてワタシを見た。
この人は以前ワタシが迷い込んだお店の店主さんで、お客さんが行きたい過去や未来に飛ばしてくれる人。だけどワタシは一度断られた。駄目なんだって、ただ言われた。死ぬ前から、ずっと未来に行きたかった。それが偶然だとしても叶うんだって思ってたのに、断られた時は悲しくて悲しくてしばらくは泣いてた。だけど湛山さんはワタシの所へ来た。

―――「君を未来に飛ばしてあげよう」

ワタシの願いを、《時渡り》を、叶えてくれると言って。
もう一度「本当?」と確かめればやはりきちんと湛山さんは頷いた。嘘じゃない。……決めた。きゅ、と口元を引き締めてワタシ湛山さんに向かって確かに頷いた。

「提案、受けます」

内容はこうだった。
湛山さんは《時》を操ることが可能だ。それを利用して湛山さん自身が過去に飛び、まだ生きているワタシに接触する(ワタシが時屋に行った時断られたのは、ワタシが既に時を生きていないからだと湛山さんはようやく理由を教えてくれた)。生きていて《時》を持っている者ならば湛山さんは時を飛ばせる。だからワタシの願いは、生きている過去のワタシが叶えてもらうという提案だ。今のワタシで叶えてもらえないのは少し残念だけど、それでも叶うなら異論はない。
提案というからには何かワタシも湛山さんの条件を呑まなければならないかと思ったけど、おかしなことにワタシにはただいつか果たしてくれればいいと、守れるかわからない約束を頼んだだけだった。何か別の理由があるのははっきりしている。聞かないほうがいいとは理解しつつも、気付いた時には結局湛山さんにそれを問いかけていた。

「……っ、ごめんなさい。今のは無かったことに、」
「いいや、気になったのは仕方のないことだ」

無神経に核心をついて気分を悪くさせてもおかしくなかったのに、湛山さんは怒るどころか仕方のないことだとワタシを許してくれた。この人は、大きい。そう感じながらワタシはそっと湛山さんに視線を合わせる。不思議な淡い紫の瞳が、真っ直ぐにこちらを見ていた。

「私はね。あの子が―――蘆花が心配なんだ」
「蘆花、さん」

あの時。ワタシが時屋に迷い込んだ時に対応してくれた彼のことだろう。ワタシには芯のしっかりした人に見えたが、湛山さんは違うようだ。

「蘆花は君のことがあってから少し元気がない。精神面が揺さぶられたみたいでね、」
「え、あの、ごめんなさい」
「ユキノさんが謝る必要はないんだよ。むしろ私が謝るべきなんだ。……もとからあの子は精神的に危なくてね、」

だから君のことがきっかけにならなければいいのだけれど、と湛山さんは苦笑する。元気のない蘆花さんに気休めを言ったところで彼の状態を悪化させるだけ。ならば本当にワタシの願いを叶えて、そうして彼に大丈夫だと言うならばいいだろうと湛山さんは考えたらしい。だから湛山さんは申し訳なさそうにしたのだ。謝るのは自分だとも。ワタシの願いは、蘆花さんの為に叶えられるから。でも、それでもいいと思った。一度断られたものを、蘆花さんのおかげで叶えてもらえる。これはむしろ感謝するべきだろう。

「蘆花さんには頭が上がらないですね、ワタシ」

からり、笑みを見せれば、湛山さんも口元に笑みを浮かべて笑った。

「ありがとうユキノさん」



明るい未来が待っていますか?




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