「それが、難しいんですよね」
苦笑しながら答える目の前の人物。俺に説明をしてくれている彼女―――もといリリスは、あっさりとそう答えた。短時間でリリス、ユウタローと呼び会うようになった彼女は天国と地獄への受付を仕事とする天使らしい(ツッコミはいれない)。まあ外見は可愛いし、クリーム色の髪はふわっふわだし、服だって純白のワンピース。羽はないけど天使っていわれても納得はできる。この場所は通常“門”と呼ばれ、空間の左右にあった大きな扉はそれぞれ天国と地獄に繋がっているんだとか。厳密に言うと、霊界と人間界の狭間にあるという(とは言えかなり霊界よりらしいが)。
さて、それはいい。だが、
「嘘だろ…?リリス、何とかならないのか」
「彼は放浪癖がありまして。今どこにいらっしゃるか」
「頭が痛い!」
今現在の問題は、リリスが言った「49日以内だったら」という言葉。俺は死神によって間違われてこちらの云わば人間界ではない場に来てしまった(連れてこられたとも言う)わけで。人間界でよくいう四十九日の期間内に人間界の自分の肉体に戻ればまた生を謳歌できるみたいだが、戻れなかったらこのまま霊界の住人になってしまうようだ。ちなみにあっちで俺の肉体がなくなってたらそれもアウト。そんなのは御免だ。それを防ぐために俺みたいな奴を人間界に魂を戻してくれる奴がいるんだが、先程リリスが放浪癖があると言った“彼”がそうらしい。居場所が掴めないなんて絶望的過ぎる。49日以内に帰れる気がしない。
「ユウタロー、まだ希望は捨てちゃいけませんよ。彼は時たまフラリと門に寄りますから、もしかしたら近いうちに来るかもしれません」
「50日目に来たら呪ってやる」
「……有り得ますね」
「せめてフォローしろよ」
「いやあ、彼はフォローしきれませんよ」
せめて満面の笑みはやめてくれ。リリスが言う彼。俺を助けることのできる存在である彼。ソイツはリリスの上司の上司の上司……とにかく偉い地位にいて、大天使という天使の中でもそりゃあ尊敬される存在らしい。のわりには気さくな性格で、部下の部下の部下……ようは平であるリリスとも知り合い。あっちこちに知り合いのいて聞く限りかなり顔が広い。しっかしそんな大天使様々が放浪癖あるって問題じゃないのか。それなりに仕事的地位もあるだろ。
今どこにいるかもわからないソイツを探そうにも俺はこっちの勝手はわからないし、リリスは仕事放棄できないし。要は大天使様々が来てくれるのをここで待つしか選択肢は見当たらないのだ。もどかすぎる。
あり得ないだろ?俺の運命はソイツに左右されてしまうのだ!
「俺はまだ生きたい……!」
頭を抱えながら唸る。リリスは困ったように眉尻を下げる。負のオーラが漂うその場に、
「よぉ、暇だから遊びに来たぜー」
唐突に、場違いな声音が飛び込んできた。バッ、と顔を上げればいつの間にやって来たのか目の前に座るリリスの隣に黒づくめの男が立っていた。
「あら、キトじゃないですか」
「おう、久しぶり。つーかソイツ誰?ただの亡者じゃなさそうだな」
「はい、彼はユウタローです。死神さんに間違われてこちらに来ちゃったんです」
それにケラケラとひとしきり笑ったキトと呼ばれたソイツは、それから俺をジロジロと眺める。リリスの知り合いに違いはないが、まるで品定めされてるみたいで気分悪い。と、目があった。糞。いわゆるイケメンじゃないか……!悔しい……だが野郎と目があって感じるのは気持ち悪さだけだ!
「ユウタローっつったよな?」
「……そうだけど」
つっけんどんに返せばス、と目を細めたソイツはニヤリ、口角を上げた。なんつーか、悪魔の笑み。リリスが天使なら、多分コイツは悪魔に違いない。予想は当たる。
「オマエ、このまま地獄で働かねぇ?」
「は?」
「俺はキト。地獄の悪魔だ。オマエのルックスならそれなりにいい待遇で働けるぜ?どうだユウタロー」
「どうって言われても、」
俺のルックスがなんだって?悪いってか。悪魔よろしくほど悪いってのはわかってんだよ、おい。だいたい俺は帰りたいんだって。こっちで働いたら駄目だろう!そもそも俺はただの人間だ。「無理に決まってんだろ」と返せば残念そうにキトは諦めた。なんでも働き手が足りないんだとか。今じゃ死んだ人間つまり亡者(天国行きの奴のみ)も志願すれば天国や地獄で雇用されるってんだから変な話だ。死んでも働くとか意味がわからん。なんでも例の大天使様がその制度をつくったんだと。死んだら静かに暮らせばいいのにな。死んだらわかるってか?……あ、俺今一応死んでんのか。あーくそ、いまいち死んでる実感無さすぎて嫌になってくる。
非日常についていけずに唸る俺を、悪魔と天使は綺麗な顔を緩ませて笑う。
白と黒と平凡と