ヴァンパイア―――それは人間に似て非なる生き物。姿形は近けれど、住まう世界が異なる。彼らは闇に紛れて生きる。一般的なイメージでは、ヴァンパイアとは人間の生き血を糧としその最後の一滴まで飲み干す。また、超人的な力を持つ血にまみれた存在だと思われがちだ。しかし真実は少し違う。確かに血は飲むが糧ではない。殺すまでもいかない。力はあるが無闇に使うことはしない。それはヴァンパイアという存在が圧倒的に少数側であり、故に人間社会にひっそりと溶け込むように生きる所以である。
そんなヴァンパイア社会ではより純血種に近い血が力を持つ。純血種とは先祖に人間との交わりがない、親もその親も、そのまた親も生粋のヴァンパイアという血筋。その中でも“五家”と呼ばれる家は絶対的な力を持ち、ヴァンパイアを率いていると言っても過言ではない。五家はそれぞれ《香月家》《榊家》《夜川家》《結城家》《藍沢家》から成り、その中でも香月家は最高位の純血種として名高い。五家は、そしてその頂点に立つということは力を持つことと比例し、他のヴァンパイア達を守る義務がある。例えば人間という脅威から。 例えば他の種という脅威から。

そして―――例えばヴァンパイアだけがかかる、死病という脅威から。

死病がいつの頃からあったのかは、今では誰も知らない。数百年に一度は必ず流行るそれは、当たり前の歴史を刻んできたからだ。しかし、死病が流行る時に必ず“救世主(メシア)”となる存在が現れることは、誰もが知っている。それも死病と同じく歴史を刻んできた。その仕組みは知られていないがただ一つ言えるとすれば、対になる存在とはいつでも存在するということだ。

人間とヴァンパイア。
獲物と捕食者。
死病と救世主。

それが世の理だから。そうして全ての物事は上手く均衡をとってきたのだ。今まででも。そしてこれからも。




「着いたよ」

黒瀬の声で飛鳥はぼんやりと飛ばしていた意識を引き戻した。保健室での出来事は、数日前。そして週末になった今日、明らかに一般人が持たない車に乗せられた飛鳥は、彼らヴァンパイアに“ババ様”の元へと連れて行かれることとなっていた。移動中にヴァンパイアについて軽く教えられたが、展開が展開なだけにあまり頭に入っていない。まだまだ詳しいことは後だというから頭が痛い。
気づけば自分と運転手以外車内にはいなかった。黒瀬がドアを開けて出るように促す。従って地面に足をつければ、視界に入ってきたのは柵の門。その向こうには大きく古い、だが美しい洋館がどっしりと建っていた。そのあまりの規模に彼女は寸の間呆けてしまった。 下手をしたら学校よりも大きいのでは?

「あ、日野森ちゃん驚いたー?ここりおん家所有でさ、ていっても別邸だけどね」
「香月の本邸はここより大きいですよ?」

両脇から雪と英が説明するかのように姿を現して陣取る。背の高い二人に挟まれるのはなんとなく居づらさを感じるが、きっと緊張を少しでも解そうとしてくれているのだ。そう思うと、その気遣いを甘んじて受けとることにした。
洋館の玄関まで長い距離を進む間、そこには様々な植物が観賞用なのか育てられ綺麗な花を咲かせていた。詳しくはないが手入れの行き届いたそれは普段見るよりも何倍も綺麗であり、彼女の緊張を解すには充分であったようだ。その口からは小さく笑みが溢れた。
―――ようやく玄関にたどり着けば、先に行ったはずのりお、伊吹、侑李が待っていた。てっきり姿が見えなくなったためか、先に入ったと思っていたが、どうやらそうではなかったようだ。

「やっと来たか」

壁に背をあずけていた伊吹が、ムスリとした顔を見せながらそこから離れる。もしかして、遅かったことに苛ついている?不安を感じキュ、と唇に力を入れて口を結んだ彼女の耳元で、雪が教える。

「伊吹はね、君じゃなくて、これからババ様に会うことが嫌なんだよ」

彼が嫌うババ様とは、いったいどんな方なのだろうか。そういえばと、ババ様については何も教えてもらっていないことに気付く。ババ様といって頼りにしているようだから、きっと年を重ね経験豊富なお婆さんなのだろう。それに彼らと関わりがあるのならば人間でないことは確かだ。少しばかりの不安を抱えながら大きな玄関をくぐり薄暗く長い廊下を歩く。やはり先の三人は少し前を歩いていた。カツンカツンと足音が響くそこで、彼女はキョロキョロと目を動かした。やけに静かな洋館。薄暗い内観にも関わらず薄気味悪さを感じないのは、その造りや品のよさのおかげだろうか。しかし一番は周りにいる美形達のおかげだろうと、飛鳥は小さく思った。華やかな顔立ちが暗さを感じさせないのだ。

「ここだよ」

黒瀬が後ろから彼女を追い抜く。あまりにも長い道のりに、ようやく古めかしい扉の前についた頃には飛鳥は疲れていた。この扉の先に彼らの言う“ババ様”がいるようだ。この静かな空気に緊張しているのか、彼女は小さく息を飲んだ。扉に手をかけた黒瀬は「大丈夫?」苦笑しつつそれを押した。ギギギと、動きの悪い音が響く。
徐々に部屋の中から薄暗い廊下に光がもれ、その光景が露になる。扉のその奥には大きく黒いソファーが二つ。テーブルを挟むように向かい合っている。そして更にその奥。一人がけの同じように黒ソファーに腰かける姿が目に入る。ぴたりとその瞳と目が合うと、待ち構えていたように口元を緩め(しかし目は笑っていない)その人はひとり納得したように言葉を落とした。

「ああ、やはり女子(おなご)だったかい」

それが悪いことなのか、そうでないのか。訊かずとも答えは決まっていた。



否定も肯定もしない




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