「―――黒、だったよ」

飛鳥より先にカーテン内を出た黒瀬がまるで自分に言い聞かせるようににぽつりと言い放った。数十分前に彼女が言い出した言葉を確かめる為に、黒瀬が実際にその目で確認したのだ。そしてその彼女の言葉は本当だった。本来、救世主に現れる痣は“赤い”薔薇。しかし実際にあったのは“黒い”薔薇。有り得ない、とでも言うような黒瀬の表情は、それを見た他の彼らにも伝染した。
と、衣服を直した彼女がカーテンを押し退け出てくる。良い、とはいえない表情の彼らを見ると、複雑な表情を見せて眉尻を下げた。

「……黒だと、何かまずいんですか」

恐る恐る口にした彼女に、黒瀬は力なく笑った。何か良くない、黒い薔薇だとまずいんだ。気まずげに視線を下げた彼女にもそれだけはわかった。先程までの空気は何処かへ吹き飛び、再びやって来たのは不穏な気配。それを引き連れてきたのは、自分のせいでもある。赤い薔薇だったらよかったのだ。そうしたらこんな空気にもならなかったのに。なんで黒いんだ。自分の胸にある黒い薔薇に八つ当たりするように内心毒づくも、事実は変わらず、ただ彼女は黙りを決め込んだ。

「……日野森さんの痣が、何故黒いのかはまだわからない。ただ、」

黒瀬が一瞬言うのを躊躇った。しかしその先を誰もが待っている。皆が皆、その先の言葉を理解しつつも外れていることを願った。沈黙を破ったのは伊吹だった。

「……ただ、なんなんだよ」

苦々しい表情の彼もまた、これから聞くその先の言葉を知りながらも信じたくないようだ。黒瀬も信じたくない表情を浮かべながらも溜め息を一つ吐き出して、そして口にした。

「―――日野森さんの血は、薬にならない」

ああ、やっぱり。彼女は目を伏せた。……血を。血を数滴、先程黒瀬に与えた。黒い薔薇が血に影響を与えているか調べるために。彼は飲みはしなかったものの、それを口にした時の表情は凍りついていた。つまりそういうことだったんだろう。

「微かだけど黒い薔薇の痣からは毒々しい気が感じられたよ」
「ちょっと待って絋。じゃあ……」
「うん。“黒い”ことが血に影響を与えていると考えていいと思う。…ああ、軽く診察したけど日野森さんは至って健康。日野森さん自身には影響はないみたいだから安心してね」

厳しい表情の中にも微かに笑みを見せる黒瀬に彼女は眉尻を下げたまま目を再び伏せた。しかし途中口を挟んだ男にしては少し高めの声の主―――侑李は全く厳しい表情を張り付けたまま。いや、皆そうだ。安心してとは言われても頷けやしない。黒瀬とて、本心から笑みを見せることは難しいに決まっている。
不吉で不気味な黒い薔薇は、それでも変わることはなく彼女の胸にただ在る。

「それから他にも影響があったみたいだよ。……私達が彼女を見つけるまでこんなに手間取ったのは、何故だったかわかる?」

黒瀬の言葉の先を理解した五人は、ハッとしたようにまさかと彼に視線を投げ掛けた。そんな中飛鳥だけはわけがわからずに、だが余計な口を挟まないように静かに耳を傾ける。
本来、救世主が生まれ落ちてすぐ、彼らヴァンパイアはその居場所を突き止める為に探し回る。その時に手掛かりとなるものが“血の香り”。ヴァンパイアにしかわからないその香りは、救世主を中心としてかなりの広範囲にまで及ぶらしい。普通ならばせいぜい二、三年で見つかるところ、彼女の場合は十七年もかかっている。明らかにおかしい。
彼らは彼女に視線を移し頷いた。

「香りが。日野森さんからは救世主が纏う特有の血の香りが、ほとんどしなかったからですよね」
「この近さだとわかんだけどな、学校全体っつーと存在はわかっても特定はできねえくらい香りが薄いしな」

納得したように各々頷きながら確かめあい、だがやはり表情に変わりはない。

「……思うんだけどさ、黒い薔薇ってなんか僕達の邪魔してるよね。……まるで呪いだよ」

侑李の言葉に誰もが抱いていた考えがはっきりと顕にされた。黒い薔薇。それはまるで呪いの痣。明らかにヴァンパイアに対して良くないものである。救世主にあらわれる薔薇の痣は赤い。黒い薔薇になったことには、何かしらの介入があったと見て取るのが正しいだろう。例えるならば、侑李の言ったように“呪い”。禍々しさを纏うその言葉は、彼らから続きの言葉を奪った。

「―――詳しくは、ババ様の元に行ってからにしよう」

黒瀬が小さく呟いた。


歩きだしたと思ったら、すぐ止まった




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