「(あ、)」

紅く見えたのは幻か。彼女が一度瞬きをした時には、既に彼の瞳は黒だった。そして今、彼女はあることに驚きを隠せないでいた。

「―――薔薇の、痣」
「え?」
「胸に薔薇の痣があるだろう」

彼が発した言葉に彼女はハッとしてぎゅうと唇を噛み締めた。何故、知っている。確かに自分のそこには薔薇のような痣がある。しかしこれは自分以外知っているはずがない。知りようがないのだ。絶対に。なぜならばそれは、

「―――私以外、見えないはずなのに」

胸の左、心臓の真上にある薔薇の痣。彼女はその気味の悪さに幼い頃一度尋ねたことがあった。「これはなに?」と。しかし返ってきたのは「これって、どれ?」。その後も何度か確かめたがやはり見えていないらしい。幼い彼女は相手に自分の胸にある痣が見えていないことを悟った。そしてその存在を口外することもせずに、ただ気味の悪さだけを抱えて育った。誰にも知られず誰にも話さずにいたそれを知っているということは、それはやはり彼がヴァンパイアだからなのだろうか。

「それは目印だ」

思案する彼女に、りおはその答えを与えた。目印とはいったい何の?更なる答えを求める彼女にりおは口を開かない。後は任せたとばかりに、隣に座る金髪の彼に視線を流した。しばらくしてその彼――英が苦笑しながら代わりに口を開いた。

「君はね、僕達の救世主(メシア)なんです。だからそれは救世主だっていう目印。僕達が君を見つけるためのね」
「救世主…?」

意味がわからない。彼らにとってのということは、ヴァンパイアにとってのという意味だろう。自分がヴァンパイアにとってなんの意味があるというのだろうか。平凡である自分が。はてなマークを飛ばす彼女に英は説明を続ける。

「日野森さん。君の血は特別なんですよ。僕達ヴァンパイアにとって君の血は……薬になります。だから君は救世主と呼ばれる」
「……薬って、」
「そうですね。ヴァンパイアは病にかからないし先程見たように怪我もすぐ治る簡単には死なない生き物です。だけど一つだけ、死に至る病がある。今ヴァンパイア内ではそれが流行り始めています。治すことのできるただ一つの薬が君の血」

つまり、自分の血は唯一ヴァンパイアを死に至らしめる病の唯一の薬。だとすると、あの時聞いた言葉と繋がる。薔薇の痣は薬の目印。彼らにとっての救世主。だからその病を治す為に血が欲しいというわけか。
しかし理解はすれども、はいそうですか、と納得するわけにはいかない。自分の血を提供するなんて誰でも戸惑いが生じる。しかもリスクがあるのはこちら側だけ。救ってはあげたいと思うが、どうも危ない橋は渡りたくないという思いが躊躇させる。彼女はその意思を伝えようと口を開きかけたが、その先の言葉は別の言葉で遮られた。

「―――もちろん、タダってわけじゃないよ?日野森ちゃん」

色香を纏った瞳が彼女を見つめる。口を開いたのは藍沢 雪だった。テーブルに片肘を付け顔を支える雪は、反対の腕を持ち上げ人差し指を彼女に向けている。タダじゃない。それはギブアンドテイクと言うことだろうか。彼女が尋ねれば彼はゆるりと頷いた。そしてその人差し指を今度は上に向ける。

「血を提供してもらう代わりに、君の願いを一つ叶える。無茶苦茶じゃない限り…例えばお金持ちになりたいとかぁ、豪邸に住みたいとかぁ、女の子だから宝石欲しいとかね」

二本、三本と指を増やしながら説明する雪に彼女は困惑した。願いを一つ叶えてくれるらしいが、生憎特に叶えて欲しい願い等彼女は持ち合わせていなかったのだ。その表情を読み取ってか、彼は「今すぐじゃなくてもいいんだよー」と付け足す。その内いくらか経てば、何かしら願いも沸いてくるだろうとのことだ。
自分の血に、ヴァンパイアという大きな一つの種族の命がかかっている。改めて考えると、急にずっしりと手のひらに重みが加わった気がした。自分が血を提供しなければ彼らの仲間は死んでしまう。自分の答えが彼らの生死を握っているのだ。そんな時にギブアンドテイクなんてことを言っている場合だろうか。否。人間ではないにしろ、命は無下にできやしない。多くの命を見捨てることが出来るほど自分は情を持っていないわけではない。彼らの望みを断ることは余りにも無慈悲な気がして、彼女は決意した。

「―――血を。私の血を、提供します」

まっすぐな彼女の瞳は、柔らかく、そして強かった。




「え、赤……?」
「そう。赤い薔薇」

彼女の決意はその場を包む空気がほんのり和ませた。不意に痣の話になって、彼女はなんとはなしにその色を問うた。それを答えながら黒瀬が念押しのように頷く。すると一瞬にして彼女の顔に緊張がはしった。何かおかしな返答でもしてしまったのかと黒瀬は首を傾げる。彼女以外に目配せするもおかしいことは言っていないらしい。ならばどうしたと言うのだろうか。彼女は黙ったまま。
しばらく口を噤んでいた彼女は、首を振って答えた。












「―――私のは、黒い薔薇…です」

彼女が放った言葉。それに、誰もが不穏な先行きを感じた。



黒が示すは




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