どうしようか。彼女は再びやって来た保健室の扉の前で、思案した。昨日は寝不足でお世話になったばかり。今日も寝に来たら注意されてしまうだろうか。それが彼女の手を扉にかけることを躊躇させていた。しかし脳裏には「いつでもおいで」と白衣の彼が笑う。昨日、彼には寝不足の理由を話した。少しでもそちらに知識のある保険医ならば、自分一人で抱えるよりもマシだと相談してみたのだ。結果いつでも来ていいと言われ、安眠出来る方法を探してくれるとも約束してくれたはいいが、やはり昨日の今日というのはいささか気が引ける。

「……、」

いや、しかし。寝不足なのにはかわりがない。眠れなくとも横になるだけでも身体が楽になる。身体は休みを欲して叫んでいる。決意した彼女は、そっと扉に手をかけて開き―――たっぷり三秒の後、静かに閉めた。
なんだったんだろうか、今のは。扉の向こうにあった光景に彼女の頭は混乱した。扉を開けた途端に向けられた複数の瞳。見間違いがなければ、保健室内には今我が星蘭高校内で話題の美形集団がいた気がする。四月の入学式の少し後にそろって転入してきて、あっという間にファンクラブが結成されたほどの美形達が。
入りにくい。ひたすら、入りにくかった。何か、入ってはいけないような気すらした。保健室は、使えない。数秒閉めた扉の前で固まった後、どこか寝られそうな場所を探そうと彼女は保健室に背を向けて踵を返した―――が。

「日野森さん」

ス、と背後で扉が開く気配がしたかと思えば、最近聞いたばかりの声に名前を呼ばれた。ぎこちなく振り向けばそこにいたのは保健室の主、白衣の彼。

「……黒瀬、先生」

一度入ろうとし引き返したことを気にしてくれたのだろう。くろせ、と呼ばれた彼は白衣の裾を揺らしながら彼女に向かって手招きをした。これは中に入れということだろうか。しかし流石にあの中でゆっくり身体を休めるなんて、気が落ち着かないに決まっている。ならば断ろうと、彼女は遠慮の言葉を口にした。それなのに。

「私には大丈夫に見えないけれど?それに安眠出来るの方法、見つかったよ」
「いや、…でも」
「日野森さんが入りにくいと思うのも無理はないね。すぐに皆外に出すから、ゆっくり寝たらいいよ」

ゆるり、と向けられた優しい笑みに、自然と再び足は保健室に向いていた。欲求には勝てない。白衣の後ろに続いて保健室に足を踏み入れれば、先程と同じく複数の瞳が再び向けられた。……というより、凝視された。中にいたのは五人。美形五人集だ。つまり十の瞳に見られているわけで、皆美形であるために迫力がありどこか怖い。恐縮して俯く彼女を気にした黒瀬が「一旦退出してくれるか?」と一言いうなり、各々立ち上がった彼らは静かに退出して行った。黒瀬の背後に隠れながら彼女もそれを見送る。と、「?」最後に出ていった一人、五人の中でも一際人形のように綺麗な黒髪の男と目が合ったような気がした。噂をきちんと覚えていたわけでもないので確かではないかもしれない。だけどこの人がおそらく“香月りお”。美形五人集のリーダー的存在だと言われている、その男だと悟った。




「―――絋(ひろ)、あの子寝た?」

静かになった保健室の扉からひょっこり頭を覗かせたのは、密色のふわふわ頭。少女と見間違えられるほどに可愛らしい顔つきで、くりくりとした大きな瞳がそっと動く。そんな先程この場から去った彼に微笑み返したのは白衣を纏った保健室の主、黒瀬 絋だった。

「しばらくは大声で叫ぼうが起きないかな。侑李(ゆうり)、皆は?」
「じゃあ今呼んでくる」

侑李と呼ばれた彼は即座に消えたかと思えば数分と経たずに戻ってきた。同じく先程去ったはずの他四人を連れて。数十分前と変わらぬ光景。違うのはベッドに“少女”が寝ていることだけ。星蘭高校に転入してきた噂の五人は、ちらりと彼女の眠るベッドに視線を這わせ、納得したように頷いた。

「―――さて、先程の話の続きだけど……本人来ちゃったから言わなくてもわかるよね」

黒瀬の言わんとすることは、この場にいる誰もがわかっていた。彼らがずっと探し求めていた存在。それが、彼女。甘い甘い香りを纏った彼女のそれは、彼女の血が、なによりの証拠だと告げていた。

「彼女が私達―――ヴァンパイアにとっての救世主(メシア)だ」

静かに眠る彼女はまだ知らない。己が彼らにとってどんな存在なのかを。これから巻き込まれていく運命を。



眠る救世主




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