「暫く此処を留守にするよ」
「……は?」
「店を頼んだよ」

唐突に湛山さんがそう言い出したのは、先日僕が日頃の疲れにと贈った満月堂の金平糖を食べている時だった。慌てて何を言っているんだと引き留めるも、湛山さんはまるで気にせず。「すぐ帰るから」と言葉を残して颯爽と時屋から出ていってしまった。

「……は?」

残された僕はというと、突然過ぎてしばらく呆けてしまった。散歩と称して外に行くことはある。しかし明確に「暫く留守にする」と言ったことはない。そんな湛山さんがわざわざ「留守にする」そう言ったんだ、何かある。追いかけなくては。
しかし外に向けかけた足を止めて、ハッ止めて我にかえった。今からでも追いかけて行きたいのはやまやまだが、店を空けるわけにはいかない。店を頼まれた身でもあるし、客が来たら対処しなければならないのだ。それが助手。つまり僕は此処から動けないというわけで。

「何もできない」

躊躇しているうちに結局足は動かず、どうしようもないと結論が出てしまった。全く、自由気儘にも困りものだ。本当に湛山さんは自由なんだから。帰ってきたら正座させて説教だ。くるり、踵を翻し店の奥へと足を進める―――と。

「おっと、」

―――カツン。コロコロコロ。

無造作にテーブルの上にばらまかれていた金平糖がテーブルにぶつかった拍子に床へと落ちて、寂しげに音を響かせた。

何かが、変わった。

乾いた音が主張する。お前はひとりだ、と。

「……さび、しい」

無意識にでた言葉に気づかないほど、途端に頭にぼんやりと靄がかかる。湛山さんが、彼が、何処へ行ったのかわからない。何時戻ってくるのかもわからない。僕は何も出来ないでそんなただ、待つだけ。ただ、一人で待つだけ。一人で。そう、独り。

「独り……?」

呟いた瞬間、ぐにゃりと視界が歪んだ気がした。足元から崩れ落ちる感覚。立っていれなくなるほどにぞわぞわとのぼってくる恐怖。

ひとり、ヒトリ、一人―――独り。

ハ、と息が詰まる。怖い。嫌だ。寂しい。疲れた。どうしてだか目にじわりと涙が溢れてくる。何に対しての涙だ?自分の感情がわからない。頭の中がぐちゃぐちゃ掻き回されたようで気持ち悪い。何もわからなくなる。僕はいったい?瞬間、侵食されるように目の前が真っ暗になり、慌てて顔を覆った手は紅く染まっていた。紅い紅い、血のように。

「う、わっ……ああああ!」

叫んだ自分の声がどんどん遠ざかっていく。それに気付いた次の瞬間、意識は完全に途切れていた。




「独りは寂しい」

どうして己は独りなのだろうか。
人間は、皆誰かと共に生きている。誰かを支え。また誰かに支えれて。互いに交わりながら。だのに己は、何故?
今まで何百何千回と己に問いかけたそれ―――おそらくこれからも問いかけ続けるだろう―――は、未だに答えを得ていない。……いや、嘘だ。本当はわかっている。己が独りの理由を。ただ理解したくないのだ。それは、己の存在自体を問うものだから。どう足掻いたって、それはどうしようもないものだから。

己が独りの理由。
それはこの身が、己という存在が。

「―――妖、だから」

人間とは違う。他の存在と交わらず、ただ影に潜み生きる。それだから。



見えない影は敵か味方か




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