思えば中身のない生き方をしてきた。

自分をさらけ出せる人なんてのは、一人もいなかった。いや、作らなかった。ましてや友達はその時その時に作るのが当たり前。
中学の時は中学の友達。
高校の時は高校の友達。
大学の時は大学の友達。
区切りをつけて、その期間だけを共にする。終わったらバイバイ。それだけ。親しくはなれども素を見せることはしなかった。だって短期間だけの付き合いだもの。どうして自身を見せなければならない?必要性がない。まあ、そうさせていたのは自分だけど。

私にはこれといって執着するものもなかった。例えば好きな芸能人、食べ物、曲、ファッション、本。なーんにもなかった。本心から欲しいとは思ったことなんて一度もない。だから芸能人のグッズを片っ端から集める人や流行のファッションを必死になって追いかける人の気が知れなかった。手に入れたものでも手放せと言われたらなんの躊躇もなく捨てた。だってかわりないんだもの。手元に在っても無くても全てのものは大差ない。変わるのは在るか無いかという事実だけ。自分にはなんの変化もない。手元には常に何もないのと同じ状態。だから自分という人間を形成する要素が固まってなくて、まるでふにゃふにゃな人間だった。

執着がない。だから誰かが死んだって悲しくなかったし、涙なんてものは記憶にある限り流した覚えがない。どんなに身近な人が死のうが、面識のない人が死んだって同じこと。ただ死んだ。それだけ。生きるものがたどり着く当たり前の運命なのに何故、他の人達は泣くんだろうか。それが理解できなかった。悲しいという感情がわからない。何故当たり前を悲しみ、悔やみ、泣く?疑問を持ったところで考えることも面倒だし、答えに興味もないからどうでもよかったけど。

また私は他人と話を合わせるのが酷く億劫だった。好きでもないものを「好き」と言い、可愛いと思ってないものを「可愛い」と言う。欲しくないものを「欲しい」と言い、食べたくないものを「おいしい」と言った。どれもこれもただのストレスにしかなりえなかったが、一番面倒だったのは所謂“恋バナ”というもの。誰々がカッコイイだの好きになっただのフラれただの告白されただの、惚れたはれたの大騒ぎは心底吐き気がした。好きな人ができた?ああそうよかったね。だけでは駄目なのだ。その好きな人を褒めて持ち上げて、その子自身も褒めて持ち上げて。告白したらいいじゃん!と背中を押す。……本当、どうでもいい。ひねくれた心中であわよくばフラれてしまえだの、うざいだの。毒を吐けるだけ吐いて表面に笑みを張り付ける。ハタからみたらかなり滑稽なことだ。とても疲れた。

―――そう疲れていた。そして気づいた。いや。気づいていたけど、気づかないふりをしていた。自分は何か皆とは違う。不適合者。ズレ。異色。普通ならばあるものが欠けている。世界に線引きがされて、自分一人だけが此方側。彼方側にはその他大勢。此方側はモノクロな世界。彼方側には多彩な色が鮮やかについている。ああ、自分一人だけがおかしいんだ。でもどうするつもりもなかった。変えるつもりも変わるつもりも皆無。今までそう生きてきて、それが自分なんだもの。今までも、これからも。

……でも。



「ああ、」

急激に、だけどゆっくりと。モノクロな世界に色がついていく。綺麗。世界はこんなに綺麗だったんだ。全て、総てが美しい。初めてそう感じた。そして世界が色づいてからわかった。いや、わかったから世界が色づいたのだ。



―――自分は此方側の色づいた世界に居たかったんだ、と。

心を見せて、人と繋がり、大事なものを持ち、心から泣き笑う。モノクロな世界でいいと思いつつ、本当はどこか憧れていたのだ。鮮やかに色づく世界に。ようやく気づけた自分の心の思い。よかった。よかった。……よかった。自分にも、鮮やかな世界が見える。
最期の最期に、初めて泣いた。

もう、それだけで充分だ。



「さようなら、色のある世界」


迫る光景。閉じた瞼。涙が一滴。スローモーションのように時間をかけて空気を落下するそれは、アスファルトに落ちてその色を変えた。




―――ドンッ

「きゃー!」
「おいっ!人が引かれたぞ!」
「誰か救急車っ!」
「トラック逃げるぞ!捕まえろ!」
「も、もしもし救急車!救急車お願いします!女の子が!」
「大丈夫か!しっかりしろ!」


悲惨なその場には、ただ騒がしい声と遠くから聞こえるサイレンだけが響いていた。



スローモーション




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