八束と呼ばれるヒトは予想以上に早くやって来て、そしてなんとも独特な雰囲気を纏うヒトだった。なんせ頭からつま先まで黒、黒、黒。なんでも好んで黒を身に付けているらしい。人間の姿形をしているが、真の姿は烏なんだとか。とにかく人間やら人間じゃない輩にもあちこちに通じているみたいで、このヒトに任せれば問題ないことは確かだ。

「では八束、頼みましたよ」
「確かに承りましたヨ」
「まあ、宣伝をしたところで、本当に望む方しか辿り着けないんですけどねえ」
「、しないよりはマシです!」

そんなことは僕だってとうにわかっている。それでも何もしないでただ待つよりは気が楽だし、時屋の存在を知らしめるいい機会だ。もしかしたらということもあるはず。まったく余計なところだけは気づくんだから、湛山さんは。
頬を膨らますそんな僕にふんわりとした笑み(まるで子供を見る親だ)を向けてくる湛山さんはとりあえず視界にいれないで、八束さんに向き合って頭を下げた。

「ご迷惑おかけしますが、お願いします」
「ハハ。期待に応えられるよう、頑張りマス」

独特な笑いを落とした彼は、それから直ぐに他の仕事があると、時屋を去っていった。




さて、それから程遠くなくして。どうやら八束さんに頼んだ宣伝効果が出てきたらしい(と思いたい)。なんと客がここ最近で2回も来店した。少ない、なんて思うかもしれないが、時屋にしてはすごい方だ。短期間に2回なんて今までだったら有り得ない。
今日も今日とてギーコギーコと音を立てて揺られている湛山さんは、久々に、しかも立て続けに2回も仕事をしたせいか、いつにもまして静かだ。外に出かけることもここ数日はしていない。どうやら寝ているらしい。
そんな湛山さんをそっと見ながら、少し無理させてしまったかな、と今更ながら思う。言い出したのは僕だけど、実際に仕事をするのは湛山さんなのだ。……後で湛山さんの好きな満月堂の金平糖を買ってくるとしよう。それくらいしか僕には出来ないから。彼のお気に入りらしい本達が並ぶ棚を掃除しつつ、そんなことを思案する。
と。
湛山さんの揺られているロッキングチェアではない、軋む音が耳に届く。次いで「すいません」細く高い声も。振り向けば店の古い扉が微かに開き、そこから小さな顔がひょっこりと店内を覗き込むように出されている。客、だ。

「いらっしゃいませ」

棚の掃除を中断して中に入るよう促せば、おそるおそるといったふうに足を踏み入れてきたのは、驚いたことに――女の子だった。それも驚く程に色白。儚さを感じる。

「あ、あの…ここは?」

思わず凝視していたようで、彼女は若干怯えながらもこちらを窺ってくる。あ、そうだった。大抵の客は、ここが何であるか知らないのだった。ただ迷い込み、誘き寄せられるかのようにこの店に来るのだ。知らないのは当たり前。

「ここは《時屋》。店だよ」
「おみ、せ?」

彼女は目を丸くして、キョロキョロと店内を見回す。だけど腑に落ちないようで、首を傾げた。それもそうだ、店内には店だと言ったにも関わらず商品らしい商品はない。あるのは湛山さんの本くらい。あと椅子とテーブル。何の店?、と顔に書かれているその子に、果たしてきっちり説明してわかるだろうか。難しい。

「君、願わなかった?例えば、未来に行きたい、とか」

ならば、と《時渡り》について手っ取り早く教えることにした。図星だったのか戸惑いがちに頷く彼女を見て、しめたとばかりに僕は笑みを浮かべた。

「ここは、君のそんな願いを叶える店だよ」
「ほ、ほんとに?」
「本当だよ」

理解したが信じれないらしい彼女を椅子に座らせて、とりあえず湛山さんを起こすことにした。疲れて寝ているところ、申し訳ないとは思ったけど。ロッキングチェアに揺られて寝ている湛山さんを、彼女は興味ありげに見つめている。そんな湛山さんの元に近寄り、肩を叩く。

「湛山さん、仕事ですよ」
「んー。…なんだ、い…?」
「ですから仕事です」

そう言えば数秒の後ぱちくりと瞼を開けた湛山さんは、非常にゆったりとした動作で僕に視線をやり、そしてそのずっと後ろ。女の子に視線をやって、また僕に視線を戻した。

「あの子ですよ、客は」

すると、おやまあとでも言いたげに笑みを浮かべた湛山さんは、これまた怠惰な動作で立ち上がりそちらへと歩みを進める。それに付いていき彼女に「この人は、店主の湛山さんだよ」と説明すれば、恐縮していたらしい彼女の強張った顔がゆるんだ気がした。

「これは随分と可愛らしいお客さんだねえ。私は湛山、こっちは蘆花。君の名前を教えてくれるかい?」
「ゆ、ユキノ」
「ユキノさん?君にぴったりの名前だね」

流石は湛山さん。微笑みは子供にまで有効らしい。ユキノと名乗った彼女の頬が仄かに赤く色づいている。そして湛山さんはそのままいつものように、客の話を聞き出すのだと思っていた。客の願いを叶えて、過去なり未来なりに《時渡り》させるものだと思っていた。

「君は未来に行きたいのかい?」
「は、はい!」

叶えてもらえるのだと、彼女の瞳が期待に染まった。
だけど。





「―――ユキノさん。悪いけど、君の願いは叶えられないよ」

笑顔を保ったまま湛山さんが放ったそれは、彼女にとって残酷な答えだった。



笑みの下の優しさ




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