―――「サンタさんにお願いしてみな」
サンタなんて、いるわけないじゃん。過去に言われた言葉に反発するようにユキは呟く。もうかれこれ5年前もだから、これは5回目だ。
灯りもつけず暗く小さな部屋の中。ベッドの壁際に背を預け、体を小さく折りたたみ顔を伏せている彼女は不貞腐れていた。
外は俗に言うクリスマスとやらでキラキラとイルミネーションが輝き、家族や恋人と時を楽しむ人々が行き交っている。彼女は自分とは無縁のその光景を避けるように聖夜を部屋に籠って過ごしていた。
「ばーか」
憎らしそうにユキの口を飛び出し空をさ迷う言葉は、5年前のクリスマス、忽然と姿を消したあの男に向けてのもの。サンタなんて信じてはいなかったが、あの男がいると言うから。だから律儀にこの5年お願いしているのに、彼女の願いは叶えられないでいる腹立たしさをぶつけたものだ。
そもそもサンタなんてのはどっかの国の伝承みたいなものであって、もともとこの日本にはいるはずがないのだ。それをあの男、いるなんて。嘘つきめ。何がサンタだ。いると仮定したところで、欲しいものは手に入らないじゃないか。よくよく考えれば私は子供じゃない。それに無理な話しだ。
わかりきっていた答えを、まるで子供のように駄々をこねて不貞腐れている今の自分が、気にくわない。
いないなんてわかっていたけど、あの男にいる言われたら、私がそんなのにでもすがりたくなってしまうだろうとあの男自身わかっていただろうに。毎年この季節を憂鬱にさせるつもりか、あの男。
ああもう。こんな風にひたすらサンタにお願いするのも馬鹿馬鹿しい。なのに、それでも辞められない私は馬鹿だろうか。ただ、私の前から消えたあの男に会いたいと願うことは、叶いもしない馬鹿な願いなんだろうか。
▼
ぼんやりと窓の外を眺め、気付けば聖なる夜もあと少しで終わってしまう。ああ今年も駄目だったか。私の願いは叶えられなかったか。結局サンタは少しの情けもかけてくれない。意地悪め。ユキは真っ暗な闇を睨み付ける。
今、あの男はどうしているんだろうか。
3年前までは泣いて過ごしていたクリスマスも、もう泣かないでいられるようになった。成長したんだろうか。もしかしたら、既にあの男への情は薄くなったのか?こうして待っているのはただの癖か?そうだとしても待っていなければと囁く自分がいるから、後数年は独りでクリスマスを過ごすんだろうか。
5年前の今日、部屋に戻るとそこはもぬけの殻だった。いや、正確にはあの男の持ち物だけが綺麗さっぱり消えていた。もちろんあの男自身も。何もクリスマスの日に消えることもないのにと思う。だって嫌でもこの時期はあの男との時間を思い出してしまうから。メリークルシミマスだ。まてよ?まさかそれを狙って出ていったとしたら、あの男、そうとうたちが悪い。次に会ったら1発…いや5年分まとめて5発殴ってやる。会えれば、の話だけれど。
「、はぁ」
そこまで考えて、気づく。小さく溜め息1つが吐き出された。情が薄まっただの言ってるが、あの男のことでクリスマスを最悪な気分にさせられている時点でまったく5年前と変わってないじゃないか。駄目だこりゃ。
早い話、私は捨てられたのだろう。わかっている。十分に。それを未練がましく受け入れられないだけ。…毎年、新しい恋をサンタに願おうと試みるものの、最終的にはそれは果たされない。心の奥じゃ捨てるつもりがないのだ、この気持ちを。だけど、このままじゃいけないことは百も承知だ。捨てられた女がいくら想い続けたって救われないだけ。いたずらに傷が塞がらず、時が過ぎるだけ。
そう、救われないんだから。
「……、」
……よし、決めた。彼女はすっぱりと決意した。やめる。もうやめる。あの男を待つこと、やめてやる!何年もズルズルと引きずるなんて性に合わない。今年で終わりだこんなの。彼女はきゅ、と口元を引き締めて決意した。その瞳には確かな意志が静かに燃えている。本当はまだ帰ってくると信じていたい。だけれどこうでもしなければ自分は永遠に待ち続けてしまうだろう。辛い思いはもうごめんだ。
クリスマスはもう後10分で終わる。ならば彼女が願い、想い続けることをするのも後10分。後悔は、……ない。もう十分待ったはずだ。弱く過去にすがっていた自分とはおさらば。
決意してからも、ゆっくりと、だけとあっという間にカチコチと時計の針は進む。少しずつ秒針を刻むそれを、彼女は眺めていた。あと5分。4分。3分。2分。
「呆気ないなあ」
―――あと1分。
と、その時。彼女の小さな住みかのドアがドンドンと外から叩く音が響いた。静かな夜をぶち壊しなそれは、早く開けろと言わんばかりに止まない。誰かが、こんな時間にも関わらずやって来たのだ。
彼女は立ち上がり、そして寸の間考えた。夜中に会いに来るような知り合いはいないし、約束したわけでもない。大家さんはもう寝ているだろうからありえない。だとしたら、誰?
慎重に音をなるたけたてずに―――とはいえドアを叩く音のがうるさい―――そっとそこに近付く。ゆっくりと除き穴を覗いた彼女は、パチリと瞬きをして、そして固まった。
だってそこにいたのは―――「おい。寒いから開けろ」―――真っ赤な衣装に身を包んだサンタ、いや、違う。この声は、あの顔は。ドアを隔てた向こう側、そこにいたのは5年前に消えたあの男だった。
彼女は声なき悲鳴を上げた。何故、どうしているのだ。ずっと願っていたはずなのに、実際に叶ってしまった今、訳がわからない。自分を捨てたはずの男が帰ってきた。喜びより、困惑のほうが大きかった。サンタは本当に意地が悪いらしい。
「時間がねぇ、早くっ」
しかし、焦って聞こえる彼の声が彼女の思考おかまいなしにせかす。今は12月も終わり。寒いのか、語尾が震えている。―――気が付けばカチャリ、彼女は鍵を外していた。
「よう」
「……なんで、いる、のよ」
ギイとドアが開くと共に、外のひんやりとした冷気が身体にまとわりつく。5年たったのに変わらない彼の姿に泣きそうになるのを堪えながら、彼女はドアノブを握る手に力を込めた。
捨てた女が独り寂しく過ごしているのを笑いにでも来たわけ?本当に、たち悪いわ。せめてものプライドでそう言って笑いたかった。でも、どうやら無理らしい。決めたはずの決意なんて、ガラガラと崩れ去った。
「ようやく、帰ってこれた」
「なに、よ…その服、……、」
「ちょ、泣くなよ」
限界だった。笑いたかったのに、文句だって言いたかったのに、殴ってやりたかったのに。理由なんてどうでもいい。ただ嬉しくて、嬉しくて。こぼれ始めた雫が止まらない。静かに涙を流す彼女を見て、彼はそっと小さな身体を包みこんでクスリと笑みをもらした。
「メリー、クリスマス。結婚しよう」
カチリ、針がクリスマス最後の時を刻み終わった。
「っ……ばか!」
それは、サンタから彼女への一番のクリスマスプレゼントで。彼が彼女のために5年費やした準備の集大成への、お誘いだった。
嘘つきサンタ