ゴクリ。自分の息を飲む音が聞こえた。緊張からというよりも、突如告げられた自身の危機に対してのそれだ。

「…私が女だから危ないって、どういうことですか」
「そのままの意味さ。さっき言った、救世主が“女”じゃなきゃならない理由さ。アンタは狙われるんだよ」
「な、なんでそんな……!」

飛鳥はそこで何故自分が危ないのかわからずに混乱した。女だから狙われる?どうして?しかしメリッサは静かに飛鳥に問いかけた。

「遥か昔に一度きり生まれた“混ざり者 ”が、その後どんな扱いを受けたか想像できるかい?」
「……え?」

禁忌の存在である“混ざり者”。だとしたら行き着く先は―――。飛鳥はハッとして、そしてそっと目を伏せた。メリッサはそれが答えだといわんばかりに言葉を続ける。

「ヴァンパイアにも人間にも、どちらにも受け入れられなかったんだ。どっち付かずの半端者。異端者。勿論その“混ざり者”は堕ちていった。やがてソイツは恨んだ。自分を受け入れてくれなかったヴァンパイアを。人間を。―――禁忌とされる存在である自分を産み出した親を」
「親、を……」
「まあ、とは言っても禁忌の子を産み落とした親のほうはその“混ざり者”を見放した訳じゃない。元はといえば、親が禁忌を犯したのが悪いんだが、それでもちゃんと護ろうとしていたんだ。けれど救世主の女は心労で倒れ、ヴァンパイアの男も結局は苦しんで自害した。子を、たった独り残してね」
「、」
「……その後“混ざり者”は人もヴァンパイアも見境なく襲うようになった。例えば禁術―――つまりこれが今回アンタにかかってる呪いだと思うんだ。“混ざり者”が禁術に手を出したって噂は多くはないが確かに流れていたし、その頃には手に負えなくなってたから五家によって“混ざり者”は強制的に眠りにつかされたよ。大方、自分を独りにした母親と同じ立場になる奴に呪いをかけることでヴァンパイア達を困らせたかったんだろう。……今は香月の別邸のどこかに封印されてるさ」

飛鳥には想像できなかった。生まれたことを否定されるとはどんなに辛いのだろうかと。護ってくれる者もいない世界で、たった独りで生きていく。理解されず、理解できない世界。周りは皆、敵だと思ってしまうのも無理はないのかもしれない。同情とはまた違う名前のつけられない気持ちがズン、と心に落ちた。

「……哀しい、ですね。きっと寂しかっただけなのに」
「アンタはそう考える性格かい。ああ、悪いわけじゃないよ。優しいってことさ…だけど、今はそれが仇になるよ、飛鳥」

やんわりと言い放たれたメリッサの言葉にどう答えていいかわからない。それでも飛鳥にはどうにも“混ざり者”が危ない存在とは思えなかったのだ。確かに危ないとは思う。だが言いきってしまうのは何か違う気がした。それだけは確かだと思った。心に引っ掛かるこれはいったいなんなのだろうか。自分でもわからいそれに内心首を傾げつつも、飛鳥はメリッサを見つめる。そんな飛鳥を察してかメリッサは仕方ないとでもいうように息を吐いて苦笑する。

「別にアタシだって“混ざり者”を無闇に嫌ってないよ。ただちょっと困るなとは思ってるけどねえ」

赤い口からぽろりと軽く溢れた言葉。本心でもそう思っているのかはわからないが、少なくとも飛鳥にはメリッサが嘘を言っているようにはみえない。それが少し嬉しかった。

「……さて。今のはちょっとした前置きだ。アンタが狙われるって言った理由、説明してもいいかい?」
「……はい」
「じゃあまず、正確にいうと、アンタを狙っているのは“混ざり者”じゃなくて反抗勢力だってところからだね」
「反抗勢力?」

反抗勢力というと、何かに抗う集団のことだろうか。いったい何に対しての反抗勢力で、なぜ自分がそれに狙われるのだろうか。てっきり自身は“混ざり者”に狙われているとばかり思っていた。それが“混ざり者”とどんな関係があるというのか。いきなり出てきたその存在に飛鳥はメリッサの続きの言葉を待った。

「反抗勢力ってのは、簡単に言うと五家をよく思ってない輩さ」

五家―――つまりそれはりお達の家だ。飛鳥の脳内に先ほどまで一緒彼らの姿が浮かぶ。

「五家は純血種だろう?だからさ」
「じゅ、純血種だからってなんでそんな、」

それが理由?純血種だからといって良く思わない者もいる?ヴァンパイアにとって純血種は良いものなんじゃないんだろうか。少なくとも飛鳥はそう捉えていたが。

「まあ、話すとちょいと面倒だが聞くかい?」
「聞きます」

飛鳥は迷うことなく頷いた。

「じゃあまずはヴァンパイアのことからだね。彼らは元々繁殖に向かない種族なんだか、まあつまり子孫を残しにくい。そこでどうするか……彼らは繁殖力の強い人間を利用した。その子達がさっき説明した混血種って呼ばれる者達。今やその数はヴァンパイアの総人口のほとんどを占めてる」
「そ、それで?」
「今現在は八割が混血になり残り二割の者達がヴァンパイア世界を支配する存在になった。ここで、それをよく思わない反抗勢力の登場ってわけさ。数を増やすために血を混血に堕としたのに、そうしなかった純血が支配しているのは憎い。少なくともどこかしらからはそういう恨みが出てくる。別に五家が悪いと言ってるわけじゃない。だがそう言う存在は必ず生まれるってもんさ。長い時の中で変わらない存在ってのは、だいたい尊ばれるからね。それが気にくわないんだ」

メリッサが肩を竦めて仕方ないと苦笑する。

「それと“混ざり者”がどう関係するんですか」
「まあ聞きなよ。純血種が支配することに不満を持つ反抗勢力はそこで“混ざり者”に目をつけた。“混ざり者”の力は想像がつかない程だから、それを利用しようとしてるんだろう。けれど古の“混ざり者”は香月家が厳重に封印してるし他の四家からの守りも固いから手出しができない。となれば反抗勢力が考えることは容易に予想がつく。……新しい“混ざり者”を産み出せばい」

新しい“混ざり者”を産み出す……?飛鳥はぞわりと心をなでつけられたかのような胸騒ぎを感じた。それは、よくない。つまりは同じ過ちを繰り返すということだ。悲しい思いをする者を増やすということだ。

「そんな酷いこと、繰り返すなんて」
「そうだね。古の“混ざり者”と同じ思いはもう誰にもさせやしないよ」
「じゃあ、いったいどうすれば…」
「簡単さ飛鳥。アンタが気を付ければいい。きっとかかってる呪いがどうであれ、奴等はアンタが女だとわかったら狙ってくる。呪いのことは五家だけの秘密にするつもりだが、女だということはおそらくバレるよ。ああそうだ、一つ大事な事を確認していいかい?アイツらを部屋から出したのはその為だし……さあて、飛鳥」
「は、はい?」





「―――アンタ、生娘か?」
「……は?」

思考停止。彼女はナニヲイッテイル?脈絡のすっとんだ突然の問いに飛鳥は時を止めたかのように微動だにせず、メリッサがその反応を見てプッと吹き出すまでそのままだった。

「ハハッ、固まり過ぎだよ。『はい』かで『いいえ』で答えればいいのさ」
「え、いや、…あの、」

何がどうなってこの質問?動揺しまくった飛鳥はしどろもどろになりながら困ったようにメリッサを見つめ返すしかなかった。

「その反応からして答えはわかったわ。全く可愛い反応するねえ」

クスクスとその赤い唇から笑みを漏らすメリッサと、じわじわと顔を赤くする飛鳥。

「言っただろう?古の“混ざり者”の親は救世主の女と純血のヴァンパイアの男だ。再び確実に“混ざり者”を産み出すなら、やつらは以前と同じ材料を揃えるに違いない。……で、実をいうと女の救世主ってのは飛鳥で二人目なのさ。それがどういうことだかもうわかるだろう?」

つまり。だから自分は狙われるということか。“混ざり者”を産み出すことができるとすれば、今もっともその可能性を持っているのは自分なのだ。コクりと頷いた飛鳥にメリッサは頷いた。

「だからアンタが気を付ければその可能性は0に近くなるってことさ。でもまあ、アンタがまだだってことは、こりゃ何が何でも守るよ。初めてを無理矢理だなんて嫌だろ?」
「、」
「それに考えたくないけど万が一そうなったら……アンタには呪いがかかってるからねぇ。それこそ古の“混ざり者”の時とは異なる……どんなことが起きるかわからないのがこわいんだ。それは絶対に阻止しなきゃならない」

自分が危機にさらされることが、ヴァンパイア達を未知の恐怖に怯えさせることになる。まさか自分がこんなにも重大な立場にたたされているなど少し前までの飛鳥には想像できなかっただろう。だが、今はもう違う。自分を守らなければいけない。
彼らはなんとかして死病をくいとめるため呪いをどうにかしたい。そのためにきっと自分を守る。自分には自身を守る力などはないが、彼らの希望となる救世主という立場がある。ある意味で利害の一致のような関係のできあがりというわけだ。心の隅っこでそんな関係に少しだけひっかかりを感じながらも、飛鳥はメリッサと共に頷いた。



終わらない過去U




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