「まあ、座るといいさ」
「は、い」

ババ様と呼ばれる彼女―――メリッサと名乗った―――は、緊張でただ突っ立っている飛鳥に促した。メリッサが黒瀬達を部屋から出したために、今、部屋にはメリッサと飛鳥だけ。二人きりになった理由がわからずに、無意識に強ばる顔にも気付かないまま飛鳥はソファーに腰かけた。
その間にも飛鳥はどうも納得できないことに首を傾げた。黒瀬達がババ様と呼ぶ彼女。てっきりお婆さんかと思いきや実際は若く見た目麗しい美女。ウェーブがかかった艶やかな黒髪は光の角度によっては紫にも見える。シュっとした切れ長の目と目元にある涙黒子が色気とどこか挑発的な雰囲気を孕んでいて、そんな人がババ様と呼ばれていることが不思議でならない。
と、ジロジロと不躾にも見すぎたせいか目の前の美女が笑った。ハッと我に帰り慌てて謝る。拍子に下げた目線は、恥ずかしくて上げられない。まるで幼子のような行動だったと後悔するが、「顔を上げて」と促されてようやく視線を上げることにした。

「ああ、可愛らしいねえ」
「す、すみません」
「いいんだ。そりゃあ“ババ様”なんて呼ばれてんのに、こんなじゃねえ」

どうやら不快には思っていないようで、笑ったのもただ笑っただけ。反射的に謝ったこちらを擁護するように彼女は自分を指差してにんまりと口元を緩めた。

「でもね、“ババ様”で間違いないんだよ、これでもね」
「?」
「これでもアタシは、六二三歳なのさ」

は、と声の代わりに息が漏れた。思考が少し遅れて言葉を理解しようやく飛鳥は驚きを顔に見せる。黒瀬達の知り合いであるからと人でないとは予想していたが、まさか六二三歳だとは思わなかった。

「魔女なのさ、アタシは。この姿は魔力で保ってるだけで、本来は結構なお婆ちゃんなんだよ」

パチリ、とお茶目にウインクを飛ばしながらカラカラと笑う彼女は、そうは言うもののどう見ても若く美しい女性にしか見えない。それでも本人がそう言うのだから本当なのだろう。納得したようで納得しきれないまま飛鳥は曖昧に頷いて見せた。

「はは、信じてないさね?」
「いえ、そんなことは…!」
「だって、アイツらのことも本当はまだヴァンパイアだって信じきれてないだろう?」
「え、」

メリッサのからかうような言葉。だが核心をつくそれに飛鳥は思わず無意識に表情が固まり否定の言葉を失った。彼らがヴァンパイアだということは理解したつもりだ。だって目の前で見たじゃないか。黒瀬のこともりおの瞳のことも、彼らがヴァンパイアだと示すものをこの目で確かに。けれど……。

「まあまあ責めてるわけじゃないさ、飛鳥。それは仕方ないことだよ」

視線を下げた飛鳥にメリッサは明るく言葉を重ねる。しかし、メリッサに言われたことをそうだと頷いている自分がいたことに気づいた。
そう、なのかもしれない。話があまりに淡々と進み、かついきなり物語のような話を聞かされ。まるで現実味がなかった。解ったように頷いてはきたが果たしてそれは本心からであったのか。確かめるのは難しい。

「いいさ。これからゆっくりと理解していけば。……と言いたいところなんだけどねえ。実はそうもいかないかもしれないね」
「え、?」

困ったように眉尻を下げたメリッサはとりあえず話を聞いてくれ、と赤い唇を動かす。

「ああ、まずはどこから話そうかね。そうだ、私についてがまだだったね。名前はさっき名乗った通りメリッサ。魔女さ。本当は魔女としての長い名前があるけれど、メリッサでいい」
「メリッサ、さん」
「まあ、それでいいさ。さて、魔女ってのはそう数が多くなくてね。それはヴァンパイアも同じなんだがそれよりも圧倒的に少ない。だけど魔女にはある能力がある。“先見(さきみ)”と呼ばれる未来予知さ。アタシがここにいるのはね、ヴァンパイアには“先見”が必要だからさ。代わってアタシには安全が必要。だからアタシが“先見”を提供する代わりにヴァンパイアがアタシを保護してくれている。つまり魔女のアタシとヴァンパイアは共生関係にあるのさ」

長く話された言葉は直ぐ様理解出来はしなかったが、とりあえず彼女と彼らは協力関係にあるらしい。

「で、だ。アタシの“先見”ってのはヴァンパイアにとって重要な“救世主”を見つけることなんだ。つまり飛鳥、アンタを見つけることがアタシの役目。通常“先見”では“救世主”が産まれる数ヵ月前にそれをアタシが予言する。アイツらから聞いたとは思うけど、“救世主”ってのはヴァンパイアにしかわからない血の香りを纏ってるから、早くて数年で“救世主”となる赤子を見つけられるはずなのさ」

けれど、と言葉を止めたメリッサの言いたいことは飛鳥にも容易にわかった。代わりに口を開いてその先を繋げる。

「見つから、なかった」
「…そうさ。どういうわけか、見つからなかった。アタシの先見も酷くあやふやでね。アンタが産まれたことしかわからなかった。しかもヴァンパイア達はアンタの香りが全くと言っていいほど感知できなかった。至る場所を血眼になって探し回って、ようやくアンタを見つけた時にはもう十七年も経ってた」
「…それは、私の薔薇の痣が…黒だから?」
「話には聞いたよ。可能性は限りなく高い。いや、原因はそれだろうね。まあ、アンタ自身には今のところ害はなさそうだけど。でも本来なら赤いはずの“救世主”の目印が黒なんて前代未聞。考えられるのはそれしかないわ」

やはりこの胸にある薔薇が黒いせいで。飛鳥はそっと右手を服の上から薔薇のある場所を押さえた。どことなくじんわりと嫌な気が右手を伝わってくる気がして、飛鳥はきゅと唇を噛み締めた。
その様子を見たメリッサは「飛鳥。アンタが悪いわけじゃない」柔らかな声をかける。

「アンタが長年見つからなかったのを何も指をくわえて過ごしたわけではないさ。ちゃんと理由を探っていてね、大方何かしらの影響があるのはわかってた。だからその影響の原因を探って、ある結論に至った。だが確信はなかった。それが成り立つのは、救世主が“女”でなければならないからね。立場故に軽率な発言は出来ないし……でもたった今、確信に変わったさ」
「では、あの。私の薔薇が黒い理由が解ったということですか……?」
「まあ、簡単に言えばそういうことだね」

頷いて見せたメリッサに、飛鳥は僅かに表情を強張らせた。まるで呪いだと言われたこの黒い薔薇。きっとそれは間違いじゃないことを薄々わかってきている。

「いいかい。これはまだ、誰にも言ってないアタシの結論だ」
「はい」
「その黒い薔薇は―――古の“混ざり者”の呪いだ。それはアンタが“女”だから受けた呪い」
「“混ざり者”?“女”だから?」
「ああ。“混ざり者”ってのは禁忌の存在でね、ヴァンパイアと人間―――それも救世主の血を持つ人間とが交わり生まれた存在を指す」

メリッサの言葉に思わず飛鳥は首を傾げた。それはつまり、人間の血が混じった混血種ということじゃないの?黒瀬に説明を受けた時、彼女は純血種についてを知った。そして反対にそうでない片親に人間を持つ混血種のことも聞いていた。混血種ならば多く存在していると聞いたが、禁忌の存在だとは聞いてはいない。ならばメリッサの言う“混ざり者”とは何?
頭が混乱しそうになる寸前、メリッサが口を開く。

「“混ざり者”と混血種、違いがわからないかい?でもそれらは全く別の存在さ。黒瀬はまだそこまで深くは教えなかったみたいだからアタシが教えてあげよう」
「違い、」
「そうね、先ずはヴァンパイアの産まれる仕組みからか。純血種のことはわかるだろう?両親共に純血種のヴァンパイアだ。逆に混血種は片親に人間を持つか、混血種の親を持つ者を言う。けれど混血種とは言えど、人間の要素は一切持ってないのさ」
「?」
「簡単に説明すると、ヴァンパイアとして生を受ける為に人間の身体を媒体に借りるだけってこと。ヴァンパイアの血は人間より強い。だから母親の胎内にいるうちに遺伝子単位で全てヴァンパイアのものに代わる。産まれてくるのは人間の要素性質を一切受け継がない完全なヴァンパイア。混血種って呼ぶのはただ産まれる過程で人間が関わってるかどうかだけの差さ」

ずらずらと説明されたことが頭の中をぐるぐると回る。しかしメリッサが言っていることは理解した。混血種とはただ産まれる過程で人間を媒体にしたヴァンパイアであり、人間の血は受け継いでいない完全なヴァンパイアであることを。
だとしたら“混ざり者”とは?混血種とは異なる存在であるとは言っていたが、何が違うのだろうか。飛鳥はメリッサの説明を待った。

「“混ざり者”ってのはね、混血種同様片親に人間を持つ存在。けれど混血種と異なるのは、そこに人間の血が流れていること。混血種は人間を媒体とすれど血は交わらない。けれど“混ざり者”はヴァンパイアと人間の血をどちらも受け継ぐ存在なのさ。しかもただの人間じゃない“救世主”の血を受け継いだ者だ」

それはあってはならない禁忌。ヴァンパイアの血と人間の―――救世主の血が交われば、どんな化学反応か生まれるのだろうか。そうして産まれた存在の力は未知数であり、予想がつかない。畏れられる、危険な存在。だから禁忌。
それが“混ざり者”と呼ばれる禁忌の存在なのだ。

「…その“混ざり者”が、私に呪いを」
「そう呪いさ。今まで“混ざり者”が生まれたのは遥か過去にたった一度きり。…大変だったみたいだよ。その古の“混ざり者”の親もね、純血のヴァンパイアと、そしてアンタ同様の“救世主”であり“女”。飛鳥、アンタ危ないかもしれない」

言い様のない不安が胸を霞めた。



終わらない過去




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