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僕は君に言いたかった/拍手SS壱




―――コン

耳元で鳴き声があがる。次に瞬きをした瞬間、私の目の前には青年が一人。

「え?」

何が起きたかわからないこちらにニコリと人懐っこい笑みを浮かべた彼は、明らかにおかしかった。まず格好。和装している。この御時世に和装なんてなかなかいないし、足元は下駄。それに髪色が真っ白。でも白髪とは違う、何か神聖な白に見える。いやそれよりも。

「……、」

あれは着けているんだろうか。彼の白の合間から覗くひょこひょこと動く獣の耳と、背後で揺れるふさりとしたしっぽが三本。

「き、つね……?」

いやしかし。狐は狐でも、動物じゃなくてあれは妖怪と呼ばれてるものに近い気がする。どっかで聞いたことがある。狐の妖怪は徳を積むと尾が増えていくとかなんとか。いやでも、きっとこれは何かコスプレに違いない。現実にそんなものはいない。だが私の本能が直感的に言っている。あれは、本物だと。彼は嬉しそうに目を細めた。

「そうです。貴女の考えは間違っていませんよ」
「……、はぃ?」

思わず素っ頓狂な声を出してしまったが致し方あるまい。彼は自分でそうだと認めたのだ。いやいやいや、まさか、そんな。本能では認められてもそう簡単に納得できない。

「あ、貴方妖怪だって言うの?」
「ええ。貴女が足を踏入れたこの神社の神使です」
「神使……お狐様ってこと……?」

と、ハッと我に返った。そうだ、私は神社に来ていたんだった。……でもあれ、何しにここに来たんだっけ?ぼんやりしてていつの間にか辿り着いていたみたいだ。でもこれからすべきことは一つ。
足に力を入れていつでもダッシュできる用意をする。彼が首を傾げてこちらの様子を見ているが構ったもんじゃない。

「(いまだ!)」

私はえい、と右足で地を蹴りあげた―――

「え!?なんで?」

―――が。
どうしたわけか地に張り付いたかのように足が動かない。どれだけ動こうとしても駄目だった。焦りが胸を掠める。彼は妖怪。普通だったら存在なんて信じなかったが、だがこの状況、本物なんじゃないかと思えてきた。神使だとか言っているけど、妖怪って人間を食べちゃうってよく昔話にあるし。

「……どうするつもり」

嫌な汗がじんわり滲むのを感じながら私は彼を睨み付けた。こっちは一大事だというのに彼は少し困ったように微笑を浮かべるのみ。

「どうもしませんよ。ただ、僕が話をする前に貴女が逃げてしまいそうだったので」
「あ、」

彼がパチリと獣の瞳で瞬きすれば、動かなかった足が嘘のように軽くなった。動く。けれどまた逃げるのは止めたほうがよさそうだ。同じように足を封じられるだけ。彼の言葉は本当なのかと疑いの目を向ければ「傷つけることは一切いたしません」と彼は少しだけ悲しそうな顔をした。

「……本当?」
「ええ」

しかし今度は満面の笑みで確かに頷く。彼は本当に大丈夫な気がした。きっと私を食べたりしない。どこからか湧いてきたのか、そう確信できるような笑顔がそこにはあった。

「……あの。ところで私に話って、」
「はい。そのことなのですが、これから毎日ここに来て僕の話相手になってもらえませんか?」
「話、相手に?」
「はい。駄目ですか?」
「え、いや……駄目、じゃないけど、」

いきなり話相手になってってどういう意味?お狐様でも誰かと話したいことがあるとか?でもなぜ私?はっきりしない私の答えにやはり悲しげな表情を浮かべる彼に、思わず脳内で用意していた拒否の言葉が喉で突っかかる。

「駄目、ですかね」

彼のしっぽは、彼の心を表すかのように元気をなくしてしおれたよう。極めつけに念押しのようにそこまで言われては、私は頷くしか選択肢はなかった。

「有り難う御座います」

私が頷くと同時にパッと周りに花咲いたような笑みを浮かべた彼。三本のしっぽはゆらゆらと嬉しそうに揺れている。おまけに白から覗く耳もひょこひょこと動きなんとも可愛らしくも見えるから、もうこれでいいように思えた。なんだか彼に上手く動かされている気がしないでもない。

「…、あの。今日はもう帰りますね」

こうなったことを諦めてそう言えば彼はコクりと頷いた。このままじゃ、このお狐様のペースにのまれてばかりになる。いきなり現れたその事実をどう処理していいかわからないし、ゆっくり考える時間が欲しい。あまつさえこれからその妖の話相手になるなんて、頭の整理が追い付かない。

「とりあえず明日から来たらいいんですか?」
「はい、宜しくお願いします。……待ってますね」

踵を返す私に彼はにこやかに手を振っている。それを横目に、私はタタッと足早に駆け出した。







「―――おかえり」

彼女が去ったその場で。ひっそりと呟かれた彼のその声は、彼女の耳には届かない。


お題 by DOGOD69


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