高杉さんは、気付けばいつも・・・そこにいるのが当然な顔をして私の傍にいてくれた。
そう・・・此処でお世話になる事を決めた次の日から、私の目覚まし時計の如く朝が来れば大抵は枕元にいたような気さえする。
だからだ。
今朝に限って、目が覚めた時に『ハル!』と必要以上に大きな声で私の名を呼び玩具を見つけた子どものように覗き込んでくるあの笑顔がない・・・ただそれだけで、胸にポカンと穴があいたような心許なさを味わったのは。
でも、考えてみれば高杉さんだって何だかんだ忙しい人な訳で・・・
『政は小五郎任せだ』とか豪語してるけど、私にはよく分からないお仕事だって色々こなしている訳で。
だから、枕元に高杉さんがいないのは、なにも今朝に限った話ではないのだ。
でも、それでも。
ムクリと布団から身体を起こすと急速に熱が奪われ、代わりに纏わりつく冷気が胸にあいた穴を吹き抜けてその存在を大きく感じさせるのは・・・
昨夜、眠る前に私の部屋に遊びに来ていた高杉さんが、出て行く時に残していったあの一言のせいだ。
『明日の朝、目覚めた時を楽しみにしておけ!』
高杉さんはそう言って満面の笑みを浮かべた。
その笑顔が何か凄く楽しい事を予感させたから・・・私はまるで遠足の前の日みたいに、自分でも気付かぬ内に期待を膨らませてしまっていたのだ。
それなのに、迎えた朝はいつもと変わらない・・・どころか、なんだか寂しさまで感じるもので・・・
一気に虚しさに襲われた私は、再び敷き布団の上に仰向けに寝転がった。
高杉さんは出逢ったその日から私の顔を見る度に、オレの女だとか嫁だとか、いとも簡単に口にする。
その癖、私に対する振る舞いはいつまでたっても女性に対するソレとは到底思えない子ども扱いで・・・
高杉さんの言動に一々心が揺さぶられたり、締め付けられる自分がなんだか滑稽に思える。
たった今の情況も、その気持ちと似ている。
寝る前から期待していた分だけ落ち込んで、キュッと唇を噛み締めそのまま瞼を伏せた。
「・・・目が覚めたら・・・って・・・いないじゃない・・・」
目を閉じたまま、殆ど無意識に呟いた。
だから・・・
「誰がいないんだ?」
答えが返ってきて、ギョッとした。
「こら、ハル!お前、普段はオレがどんな音をたてても中々目を覚まさないくせに、なんで今朝に限ってこんなに早起きしてるんだ!?」
驚いて飛び起きた私は、思わず布団の上に正座した。
目の前には、襖をパーンと勢い良く開けて外の冷気と共に飛び込んできた高杉さんの顔がある。
「凄い寝癖だぞ!」とか言いながら大きな手の平でクシャクシャと髪を撫で回すから、寝癖が余計に酷くなる。
「・・・なんで、って・・・高杉さんが楽しみにしてろとか言うから・・・」
「なんだ!楽しみで目が覚めたのか!」
ニヤリと口角を上げて此方を見る高杉さん。
ハッと、自分が馬鹿正直に口走った事に気が付いて頬が熱くなった。
子ども扱いは悔しいけれど、その通りだから反論のしようもない。
「可愛いやつめ!」
高杉さんはそう言って、嬉しくて仕方がないといった様子で目を細め、ギュッと私を抱き締める。
突然抱き締められた事は勿論だけどそれ以上に、高杉さんの纏う異常な冷気に驚いた。
「ちょ!ちょっと、高杉さん!何でこんなに冷たいんですか!?」
「んん?そうか?!」
「そうか・・・って、この手とか尋常じゃないですよ!真っ赤じゃないですか!」
高杉さんの胸を押し返してよくよく見ると、手だけじゃなくて頬や耳朶まで赤い。
全部寒さの所為らしいけど、布団で眠っていた人が私の部屋まで来る・・・それだけでここまで冷え切るなんて不自然だ。
「・・・高杉さん、起きてから何かしてたんですか?」
「ああ!楽しみにしておけと言ったろう!よし、ハルも来い!」
「え」
何処に?
と聞き返すより早く手を取られ、布団から引き起こされた。
慌てて傍に置いてあった綿入れを掴んだ私を、高杉さんはひきずるようにして廊下を歩いていく。
このところ降り続いている雪は今朝も変わらず景色を白く染めているようだ。
(・・・・・・え?)
ふと見るともなく見た庭の景色に目を疑った。
そこに広がるのはただの雪景色ではなかった。
「ハル!来い!」
庭にあるものと私に向かって差し出された大きな手とを見比べて、それが冷え切っている訳が漸く腑に落ちた。
(・・・でも、なんで?)
一旦私の手を離し縁側から庭に降り立った高杉さんの向こうに大きな雪の山が見える。
確かに昨日は存在し無かったものだ。
「早くしろ!」
「あの、でも、私、下駄が…」
「いいから!来い!」
おずおずと近付くと、あっという間に背中と膝裏に高杉さんの腕が回された。
ヒョイと私の身体を抱き上げて、不敵な笑みを浮かべる彼。
・・・悔しい。
そんな余裕な笑顔を見せないでほしい。
唐突に縮まった距離に心臓が跳ね上がったのは私だけだって、思い知らされるじゃない。
「・・・た、高杉さん」
「なんだ?!」
「これ、全部、1人で・・・?」
「おう!オレがやって出来んことはないぞ!どうだ!見事だろう!」
私を抱き上げたまま雪道を一歩ずつ踏みしめるように歩く高杉さん。
彼のブーツは雪と泥塗れだ。
「・・・・・・・・・」
「なんで黙るんだ!?」
「だって、なんで・・・こんな」
「楽しみにしておけと言っただろう!」
ゆっくりと近付いた雪山の裏側に回り込むと、露わになったその正体。
それを私は黙ってじっと見つめた。
大きな雪山に掘られた穴は中に大人2人が並んで座れる程の大きさで、地面には敷物が敷いてある。
その敷物の上に私をそっと降ろして、高杉さんも隣に腰掛ける。
外から遮断されたこの白い空間は、じっとしていれば空気も動かずとても静かだ。
自分の内から、トクントクンと弾む鼓動だけが聴こえる。
「・・・寒くないか?」
「・・・はい。意外と、あったかい、です」
「そうか、良かった!ついでに達磨も作ってやるつもりだったんだがな!それはハルと一緒の方が楽しいか、と思ってな!」
「あ、はい。じゃあ、後で一緒に作りましょうか」
なんで、こんな朝早くから2人でかまくらの中に並んで座ってるんだろう。
高杉さんは、これを1人で作る為にいったいいつから起きていたんだろう。
高杉さんの声音が普段よりも優しく聴こえるのは、かまくらの中にいる所為なのかな。
『楽しみにしとけ』・・・って用意してくれたのがかまくらや雪だるまって、やっぱり私・・・子ども扱い?
そういえば今、何時くらいなんだろう。
もうすぐ朝餉の時間かな。
さっきから喋らないでいると、隣から何かグーグーくぐもった音が聞こえてくるのは・・・多分きっと絶対、高杉さんのお腹の音だよね?
そりゃあお腹減るよね、朝からこんな大きなかまくら1人で作っちゃってるんだもん・・・
・・・・・・・・・・・・・・・。
「ぷっ・・・・・・あははははっ」
「な、なんだ?!急にどうした!?」
黙ったまま考え込んでいた私が突然吹き出したものだから、高杉さんが目を丸くしている。
「あは・・・・・・スミマセン、なんか、色々、可笑しくて・・・・・・」
『なんで?』・・・なんて、我ながらバカな質問をしちゃったな。
そんなの聞かなくたって分かるじゃない。
高杉さんはこんなふうに、私を笑顔にする為に、一生懸命になってくれる人。
こんな人・・・他にいない。
ねぇ、高杉さん。
言いたい事も聞きたい事も山ほどあるんだけど、どれも今口にすれば笑ってしまいそうだから・・・
1つだけ。
これを聞いたら、高杉さんがどんな反応を見せてくれるのか、一番気になる質問をしてもいいですか?
高杉さんと一緒にいると、弾みっぱなしの鼓動の理由。
それは多分・・・わざわざ聞く必要なんてないくらい、色付いてしまった私の胸の内・・・
「これは、恋ですか?」101229
130110/加筆修正
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