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no stimulus
僕は炭酸の抜けたコーラが好きだった。
あの馬鹿みたいな甘さが癖になる。
―――――――――
イヤホンを耳に押し込み、その先に繋がったiPodはパーカーのポケットに滑り込ませる。
家から駅まで、徒歩20分。
ど田舎の畦道では誰ともすれ違わない。
遠く霞むほどに広がる田んぼの向こうに、能天気なピンク色の桜並木が見える。
3月の風はまだ冷たい。
でも、歩いて温まった身体には、顔に感じるそれが心地よい。
駅で電車を待つこと5分。
電車に揺られること12分。
降り立った駅から見上げる空は、3駅分向こうの空と全く同じ青色だった。
無人駅の寂れた階段を降りると、目の前のガードレールに座る1つの人影。
小さく手を振る彼は僕の、恋人。
他愛ない会話。
目的地なんてない。
僕らはただ並んで歩く。
何も特別なことなんて無いし、そうありたいと思ったこともない。
それでも僕らは恋人だった。
塀の上の猫と戯れてみたり、壁の落書きを解読してみたり、
どんなルートを辿ったかなんて覚えてないけど、僕らは自然と駅に帰りつく。
手を振る僕に、彼はふと、キスをする。
無人駅は無人だ。
唇に感じたのはあの馬鹿みたいな甘さだった。
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