/創作
母である望月 日和が死んだ時に感じたのは「やっとか、」という安堵だった。葬式の準備は殆ど叔父、母の兄である文隆さんが進んでやってくれた。母に生涯連れ添う筈だった存在である俺の父、望月 秀司は… 葬式の挨拶に来ただけで、それが終わるとすぐ仕事があると言って去ってしまった。あいつは母の死に目にも、死体にも会わずひたすら仕事を優先し続けた。母と父は、最早夫婦とは呼べない仲だった。夫婦というのは生涯連れ添っていくパートナーの筈だが俺の記憶が正しければあいつが、母に連れ添うだなんて事をしたことは一度もない筈だ。
0? 君を知っている
そんな仲である事に母が心を痛めていたのは前から知っていた。母は本当に父を、愛していたんだろう。だからあいつとの子である俺を産んだし、愛情をもって育ててくれた。だがもともと身体が丈夫な方ではなかったらしく、俺が中学に入学する頃母は病で倒れて3年間闘病生活を続け…逝ってしまった。
精神的にも弱ってしまっていたからこんなに早く逝ってしまったのだ。(彼女はどうしようもない父との関係性に絶望し、死を望んでいたという事を叔父から聞いた。子供の前ではそんな事は言えなかったんだろう。)正直こちらとしてもそんな母を見ているのは辛いものがあったため、逝った時には安堵した。ようやく彼女は楽になれたのだ、あいつから解放されたのだ。
母の精神的苦痛の原因だったあいつを、俺は父親だなんて認めない。…認めない。
*
「君は面白いものを持っているね。」
そうニコニコと笑って言ってきたのは、ちょっと前に知り合った龍という男だ。…真ん中にどでかく"鰯"と書いてあるTシャツを来て、ばさばさと長く伸ばした髪を束ねている。髪の色は少し青みがかっていて、もっとまともな服を着れば女受けするに違いない。
何がきっかけだったかは覚えていないが…店かどっかで知り合って以来ちょくちょく話す仲にはなった。
「…いきなりなんスか。」
「その"ぬいぐるみ"の事だよ。」
今日は中でお茶でも、って事で俺の部屋で茶を啜っていた。高校を卒業してから俺はマンションの一室を借りて生活している。…寮生だった頃は、部屋に必ずもう一人は居たから一人で生活、という事に最初はなかなか慣れなかった。決して寂しいとかそういうのではない。決して。
ぬいぐるみと言われてああこれか、と思って俺は太郎に目を向けた。太郎(ぬいぐるみ)は俺が雑貨屋で気に入ったもので、このなんとも言い難い表情が好みだった。名前を付けたのはノリである。
その事を龍に話すと「太郎って雑だなネーミングが!」とか何とかいって笑いやがったので太郎を投げ付けてやった。
「ははは!ごめんって!」
「…ちっ……あ、もう茶ないのか。淹れてくる。」
「おー」
茶を淹れてこようと部屋を出ると、ばたんと音がしたと同時に「…久しぶり。」と龍の声がした。
…なんだか切な気な声だった、ような気がしたが気のせいだろうか。そもそも誰に向かって久しぶりなどと声を掛けたのだろう。
*
お茶を部屋に運ぶと太郎をひたすらぼふんぼふんと叩いてる龍の姿があった。おいやめろもっと丁寧に扱え。自分が雑に扱うのは良いんだが他人にそうされると妙に苛つくのは何故だろうか。
「そういやさあ、ひじりん。」
「その不快なあだ名を今すぐやめろ。」
「心狭いな!」
そう言って愉快そうに笑った後、目を細めて「前世だの来世だの、そういうのがあるって信じるか?」と問いかけてきた。この男は時々こんな風に唐突な問いかけをしてくる時がある。確か前の質問はは「神様って信じるか?」だった。
前世だの来世だの現世だの、そういった事を考えた事がないので正直信じてるとも信じてないとも言えない。まあ、そういう考え方があるって事だろ?という認識だ。
そう自分の考えを告げると、龍はそうかと言って笑った。どこか寂しそうな、そん目をしていた。