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その次の日も幸村は通常よりも遅く帰宅してきました。
昨夜同様、何の連絡もない電話に、昨夜同様、絶望満載の表情で椅子から立ち上がった佐助に絶妙なタイミングで鳴った着信音は幸村からのお知らせメール。
『いまから帰るぞ(・∀・)』
どうやら。昨日よりは成長したようです。
ちゃんと佐助の言いつけどおりに連絡をよこしました。
帰りが遅いことは癪ですが、自分の言うことをきいて連絡をしてきた、という点はまぁ評価してもいいかと佐助はそれまで垂れ流しだった物騒極まりない気配を沈め、おとなしく仕事に戻りました。
その様子を恐る恐る伺っていた常連さんたちも一安心です。
それからものの数分後。
「ただいまでござるー!!」
幸村のいつもどおりの能天気な声が冷たい空気と一緒に、店内に吹き込んできました。
「おかえり旦那。今日も遅かったね」
佐助は、笑顔です。特に強い嫉妬の念や不機嫌な表情などはだしていません。
どこにでもいる保護者面をして、優しく子どもを迎えました。
「あ、あぁ……」
動揺。
「今日も部活なの?大会近かったっけ?」
「あ、いや…その大会は近くないのだが……じ、じじじいじじじじ自主練を、しておるのだ!!」
「……」
「ま、まことだぞ!!」
「……そう。頑張ってるんだね。じゃ早く着替えておいで。ご飯にしよう」
「承知した!!」
切り抜けた!とあからさまに安堵した顔で足早にお店の奥に引っ込んでいった幸村を、終始変わらぬ笑顔のまま見送った佐助。
その姿が見えなくなるのを確認すると持っていた布巾をべちんと、シンクに投げつけました。
そして。
「オレに嘘が突きとおせるとでも……?」
拳をギリリと握り。口角を釣り上げると
「18歳になるまでは待ってやろうと思ったのに……残念だよ」
片手で顔を覆い不気味に笑いだしました。くつくつ変な声をだしながら壁にもたれる姿は哀れそのもの……見る者の涙を誘います。突然、
「ひゃぁッ」
と謎の短い叫びをこぼすと、佐助は、幸村を追って全速力で駆け出したのです。
一方、自分の部屋で着替えていると階段を駆け上がるものすごい音を耳にした幸村は、びくりと体を揺らし「あれ、うち鬼兵いたっけ?」とか思いながら上裸のまま固まってしまいました。
何だろう?と疑問に思い次の展開を待っていましたが、それからしばらく経っても何もおこりません。
確実に階段を爆音とともに登ってきた気配があったのに、それっきり静まり返っています。
おかしいな、と思いながらじーっと部屋のドアを見つめていると。
カチャっとドアノブが下り、音もなくドアがすこーしだけ開いたのです。
幸村はゴクリと唾を飲みました。
そして開いた隙間の暗闇から徐々にぼんやりと、人の顔のようなものが浮かび上がってきたのです。
「ぬォォおおおおおおお!!!!!オバケーーー!!!!!」
びっくり驚愕した幸村は悲鳴をあげ無理もありません、後ろにあったベッドに尻餅をついてしまいました。
ぬぼっと浮かび上がったのは真っ白い顔に開ききった目、加えて口元にうっすら笑みを浮かべてこちらを見つめる佐助だなんて誰が一目で気づけるでしょうか。
この世の者ではない、悪霊だ!!と霊媒師を召喚されてもおかしくありません。
心底驚いた幸村が声も出せず怯えて体を丸めていると悪霊、失敬、佐助はぬらりと室内に侵入し、ベッドへ歩み寄ってきます。
そしてここからの動作がめちゃくちゃ早かったのであります。
幸村の恐怖の涙で滲む視界が一瞬にして転回し、軽い衝撃を背中に受けたあと気づけば目の前には天井が。
そして少しだけピントを合わせるとあら不思議。そこにはいつもどおりの顔の佐助が自分を見つめていたのです。
「あれ?佐助…?」
オバケはどうした?ときょろきょろする幸村に、以前黙ったままの佐助。
かわいそうな幸村。善人の皮を被った野獣に捕まってしまったことに気づいていない様子。
純白で健全すぎて眩しいくらいの上裸を晒す幸村を押し倒した状態で見下ろす佐助の息は徐々に荒くなり、舌舐りを幾度となく繰り返しながらぐっと顔を近づけ、くんくんと幸村の首周りの匂いを嗅ぎ始めました。
そんな変態的行為を受けても、何をされているのかよく理解できない幸村は自分の首元で頭を揺らす佐助を曇のない瞳で見つめています。
「佐助、どうしたんだ?具合悪いのか?救急車呼ぶか?」
呼んだほうがいいのはパトカーでありますが。
「そういえば、昨日から様子がおかしかったもんな」
様子がおかしいのは今に始まったことではありませんが。
幸村が心配からへの字に下げた眉で「佐助」と名前を呼んで髪に触れると、
「いぃッ!!??」
首元にチクリと小さな痛みが走りました。
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