典ー楽





子どものころ

信じていたことは

大人になって

それが馬鹿馬鹿しいことだと

理解しても また

愚かにも

信じてみたくなるときが

あるんだ


























10ーらく













雨降り、東京。

真夜中に傘も差さず、人も疎らになった駅前、東口を横切り、人気のない方へない方へ、ふらふら歩いてる。


もう、今、何時なのかもわからない。
長時間雨の中を歩き回っているせいか、頭からずぶ濡れで、手足の末端は冷えきり、少し前から感覚はなくなっている。



でも止められないんだ。

答えが 見つかるまでは。



こんなとき、どうすればいいんだっけ?

小さな君が教えてくれたのに、
お星さまが見えなきゃ
オレはずっとこの真っ暗な夜の中を 捜し回らないといけないよ。



忘れちゃった、全部。
そろそろ。


たすけて。






典−楽


昭和30年
日没後、東京。

真田幸村は第一希望の会社への内定を見事勝ち取り、明日からは小さな出版社の編集として働くことになっていた。

田舎から汽車で数時間掛けて上京し、やや年季は入っているが会社に近い場所に部屋を借り今まさに引越しを終えた。


大家さんや近隣住民に挨拶して一息吐いていると、玄関の薄い扉がコンコン、彼を呼ぶ。


「はい?」


越してきたばかりの自分を訪ねる人物など、まったく思いつかない幸村は少しだけ、扉を開けて様子を窺う。

すると。


「やぁ。ちょっと時間ある?」


数分前に引越し蕎麦片手に挨拶したばかりの隣に住む前田慶次が、一升瓶とともに破顔していた。


「へ?はぁ……」


おっ邪魔しまーす、とドカドカ遠慮なしに上がりこんできた慶次に、幸村は東京の人というのは初対面でもこんなに図々し…親しげなものなか。と、偏ったマメ知識を増やしていた。

持参した酒とスルメで一杯やり始めた慶次と、幸村。


「いやぁ〜嬉しいなぁ。すぐ近くに良い飲み仲間ができた」


荒れた畳の上ですっかり寛いだ慶次。


「貴殿はお仕事何をされているのでござるか?」

「ござる?俺こう見えて記者、っていうか写真撮ってるよ」

「おぉ、ならば某と似たようなものでござろうか」

「そうなの?じゃ今度俺の写真買ってよ」

「残念ながら某は文芸でござる」

「なーんだ。そうなの。どこ出版?」

「絶唱出版」

「ふーん。あ、俺本だったらあの人よく読むよ。
えと、なんだっけ。変わった名前の…あぁー 猿飛なんとか」


「あぁ佐助先生……破廉恥小説でござるな」

「何それー?立派な文学でしょうが。絶唱からも出てるんだし」

「確かにそうでござるが某は……担当にはなりたくないでござる」


以前は。

純文学で名を通してた猿飛佐助なる作家がいる。
それが昨年、突然官能小説を発表し世間の度肝を抜いた。

しかもそれを機に、もう官能小説しか書かないと宣言したのだからこれまた大騒ぎとなった。
出版社によっては契約を泣く泣く打ち切ったところもあるし、幸村が明日から身を置く絶唱のように、ジャンル替えで継続決定など各々対応に追われた。


その騒動に一番ショックを受けたのは紛れもないこの幸村である。

彼の書く小説が大好きで、彼とともに本を出版することが夢で、必死で就活して、やっともぎ取った内定。
小さいながらも猿飛の小説を出版している絶唱出版。いつか担当になりたいとキラキラ夢見ていたのに、内定とともに起きたあの騒動で彼の夢はあっさり散ってしまったのだ。


「破廉恥小説は嫌でござる」

「大丈夫。どーせ新人のひよこちゃんが、大先生の担当になんてなれないから」

「それはそれで……」


歯切れの悪い返事をして幸村は、コップの中身をグイッと飲み干した。


小さな宴は天辺を跨ぐまで続いた。






 


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