「あっはっ、宮川でございます。あの、特技はこう見えて習字です。あ、長所はいきなりテンションを上げられるところ、短所はしつこいところです。あの、今日はよろしくお願いします」
「宮川くんね、よろしく〜」
ここは何かの面接会場かな?
梨花ママに出会っていきなり宮川は体を固まらせて、事細かに自己紹介をした。それを見て失笑している隼人くん。先ほどとはえらい余裕の違いだ。
カチコチに固まっている宮川。彼は小さな声で「髪の毛戻せばよかった〜」とぼやいているけれど、梨花ママはそんなの気にするような人ではない。
「梨花は多分部屋でごろごろしていると思うわ。もう熱も下がってきたし」
「えー、俺せっかくお使いしてきたのに」
「まあまあ。今日はありがたく宮川くんが買ってくれたゼリーでもあげようか」
穏やかに笑う梨花ママに、宮川はカチコチに固まった笑顔を見せる。どれだけ緊張しているんだ。私は眉間に皺を寄せつつ、つんつんと彼のカーディガンの裾を引っ張る。
「梨花の部屋には1人で行ってね」
「は、はあ?無理に決まってんだろ」
「気を遣ってるんじゃん」
「いやいや、さすがの俺もそんな状況無理だっての」
「…えー」
せっかく隼人くんと二人になりたいのにい。なんて彼がいる後ろへ振り返ると、
「……」
なんだか不満そうな顔でこちらを見ていた。
隼人くん、何かイライラすることでもあったのだろうか。でもさっきまで宮川と楽しそうに話していたし、情緒不安定?
そう私がぽかんとしていると、宮川がわたわたと手を振る。
「じ、じゃあ、俺とお前とお兄様で行こう!それでいいっすよね!!」
「やだよ、宮川くん1人で行って」
「えー!!!」
「じゃあ宮川くん、これお願いね」
梨花ママはにっこり笑って、宮川にゼリーとポカリを渡す。宮川はそれを見下ろして、「ずーはー」と深呼吸してから、無言でリビングから出て行った。廊下からは『ダダダ』と階段をダッシュで駆けあがる音が聞こえてくる。
梨花ママは、隼人くんを見る。そして、
「あんた、大人げないわね」
梨花とそっくりな冷たい声と表情で、そう言い放った。すると隼人くんは瞳を宙に浮かして、「ひゅう」と意味の分からない口笛を鳴らす。
あ、そう言えば。
「宮川が“お兄様、お前のこと好きだな”って言ってたよ」
「ぶっ!!」
「なんでばれたんだろーね」
「お前なんでここでそれ言うの!?馬鹿なの!?」
「隼人くんよりは馬鹿じゃないと思う」
だって、驚いたんだもん。なんて私が隼人くんを見つめていると、彼の顔はみるみるうちに赤くなっていく。そんな隼人くんを嘲笑うように見ている、梨花ママ。
隼人くんは「ふん」と鼻を鳴らして、リビングから出ていく。私が慌てて、
「待ってよ〜」
そう言いながらリビングを出ると、“ドカン、バコン”と2階から物騒な音が聞こえてきた。ああ、これは。宮川、きっと梨花から制裁を加えられているようだ。
隼人くんも同じことを思ったようで、「うわー」と哀れな視線を2階に向けている。と、私はそんな彼の腰回りに抱き付いた。
「うわ、なんだよ」
「なんで宮川にばれたんだろーね」
「……」
なにも答えない隼人くん。私はその間にも、思う存分彼の匂いを堪能する。宮川の香水より、ずっといい匂いで落ち着く。
なんだかこういう事するの、恋人同士みたい。私が勝手に抱き付いているだけだけど、と。
「…嫉妬とか初めてだわ」
「え?」
ぼそりと言った彼の言葉が聞こえなくて、聞き返して顔を上げると、
「いたっ」
いきなりデコピンされる。な、なんなんだ。両手で額を押さえていると、そんな私を見て隼人くんは不機嫌そうに唇を突き出した。
「もっと寛大になるわ」
「ど、どーいうこと?」
ちらりと横目で見る彼。 その視線がたまに色っぽく映ってしまうから、困る。
ああ、もう一回、抱き付きたい。 なんて私が思わず足を踏み出そうとしたその時、
ぎゅっと体を纏った、隼人くんの匂い。感じたことのない、暖かさ。腰にしっかりと回されている、腕。視界は隼人くんの、金色がほんの少し混じった黒髪と形のいい耳。
「っ、」
抱きしめられてる!?と、思ったのも束の間。
すぐにその暖かさは消えた。
「これでよし」
私から離れた隼人くんは、ぽん、と私の頭に手を乗せる。そして先に階段を上がって行った。
え、え、ハグされた?ハグ?あれってハグだよね?私がそう混乱している間にも、2階からは宮川の「お兄様!!」とうるさい声が聞こえてくる。隼人くんが梨花の部屋に入ったらしい。
「ずる、」
私が聞いたのは、そのことじゃないのに。結局また持っていかれた。
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